ロンドン・ナショナル・ギャラリーにあるハンス・ホルバイン《大使たち》は、一見するとただの立派なツーショット肖像画に見えます。
ところがよく見ると、机の上には天文観測に使う器具や地球儀、数学の道具、楽器や本がびっしりと並び、足もとには奇妙に引き伸ばされた髑髏が横たわっています。
16世紀前半、宗教改革と政治的な駆け引きが渦巻くヨーロッパの緊張感と、人文主義の知の自負、そして「死」という避けられない現実が、たった一枚の絵の中でせめぎ合っているのです。
この記事では、モデルとなったふたりの大使の素顔から、机の上のアイテムの意味、ゆがんだ髑髏や隠れた十字架のメッセージまで、《大使たち》をじっくり読み解いていきます。
この絵、情報量が多すぎてどこから見ればいいか迷うんだよね。
だからこそ面白いんだよ。今日はひとつずつ整理していこ。
《大使たち》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作者:ハンス・ホルバイン(子)
題名:《大使たち》
制作年:1533年
技法:油彩・板(オーク材)
サイズ:約207 × 209.5cm
所蔵:ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
ほぼ正方形の大画面なんだね。実物見たら圧がすごそう。
人物も等身大に近いから、前に立つとほんとに対面してる感じになるよ。
<作者についての詳細はこちら>
ハンス・ホルバインを解説!宮廷を渡り歩いた肖像画のプロフェッショナル
《大使たち》とはどんな絵か?構図と全体像
画面には、緑のカーテンを背景にして、ふたりの男が左右に立っています。
左側の男は毛皮をあしらった黒いマントにピンクの袖、金のメダルを身につけた堂々たる姿。右側の男は、落ち着いた濃茶のローブに身を包み、静かにこちらを見る知的な雰囲気です。
ふたりのあいだには、トルコ絨毯をかけた棚が置かれ、その上段と下段にさまざまな物が整然と並べられています。足もとの床にはモザイク模様が描かれ、画面手前に斜めに横たわる、正体不明の細長い物体が目を引きます。斜めから眺めるとそれが髑髏であることがわかるという、有名なアナモルフォーシス(変形遠近法)の仕掛けです。
全体としては、ふたりの人物を中心に左右対称ぎみに構成されながらも、細部の情報があまりにも豊富で、一枚の絵というより「16世紀ヨーロッパの縮図」のような印象を与えます。
ポーズだけ見ると、ちょっと記念写真みたいにも見えるのがおもしろい。
そうそう。でも背景と小物を読み始めると、ただの記念写真じゃ済まないってわかる構造になってるんだよね。
ふたりのモデル:フランス大使ジャンと友人の聖職者
左側に立つ豪華な服装の男は、フランス王フランソワ1世の外交官ジャン・ド・ディントヴィルとされています。イングランドに派遣されていた大使で、胸には聖ミカエル勲章のメダルが下がっています。
右側の男は、友人であるジョルジュ・ド・セルヴ。彼はラヴールの司教で、時折外交使節も務めた人物でした。
絵が描かれた1533年は、イングランド王ヘンリー8世の離婚問題と宗教改革をめぐって、カトリックと新興勢力の対立が激化していた時期です。フランス、神聖ローマ帝国、イングランド、ローマ教皇庁が複雑な駆け引きを続ける中で、ジャンたち外交官は、戦争を避けつつ自国の利益を守るという難しい使命を負っていました。
ホルバインは、そうした政治的緊張のただ中に立つふたりを、冷静で自信に満ちた表情で描きつつ、その背後にある不安定さを、周囲のモチーフに託していると考えられます。
左の人のドヤ感、なかなかだよね。『俺がフランス代表だ』って顔してる。
でも右の司教のちょっと沈んだ目つきとセットで見ると、華やかさの裏の不安も伝わってくる感じがするよ。
机の上の科学器具と楽器:知識と調和の象徴
ふたりの間に置かれた棚の上段には、天球儀や日時計、コンパス、四分儀といった科学器具が並びます。これらは天体観測や時間の計測、航海に使われるもので、「天」の世界、つまり宇宙の秩序や神の計画を象徴すると解釈されてきました。
一方、下段には地球儀、算術書、楽譜、リュートやフルートなどの楽器が置かれています。こちらは「地」の世界、人間の生活や芸術、学問を表すとされます。地球儀には新世界が描かれ、当時の地理的発見の広がりも反映されています。
印象的なのは、リュートの弦が一本切れていることです。音楽は本来「調和」の象徴ですが、弦が切れているということは、その調和が乱れているという暗示でもあります。楽譜も、当時の宗教改革と関係するルター派の賛美歌集と考えられており、教会音楽の世界に起きていた変化を示している可能性があります。
科学と芸術、信仰と理性。人文主義の理想ではそれらは調和しているはずなのに、現実にはどこか不協和音が響いてしまっている。ホルバインは、そんな16世紀の空気感を、静かな静物表現の中に詰め込んでいます。
弦が一本だけ切れてるって、かなり意味深な演出だね。
うん。表情は落ち着いてるのに、テーブルの上をよく見ると『実はヤバい』って伝わってくるのがこの絵の怖いところ。
床に横たわるゆがんだ髑髏と、カーテンの陰の十字架
この作品を語るうえで欠かせないのが、画面手前の奇妙な形の物体です。正面から見ると何なのかわかりませんが、絵の右側から斜めにのぞき込むようにすると、それがリアルな人間の髑髏であることがわかります。
こうした変形遠近法(アナモルフォーシス)は当時の知識人たちの間で流行しており、複雑な幾何学の理解を示すものでもありました。同時に、この髑髏は「メメント・モリ(死を想え)」という、中世以来のモチーフでもあります。どれほど富と知恵、地位に恵まれた人間であっても、死からは逃れられないという冷徹な事実を、見る者の足もとに突きつけるのです。
さらに、左上のカーテンの隙間からは、小さな十字架が覗いています。ふたりの大使や棚の上の豪華な品々に目を奪われていると、ほとんど見落としてしまうほど控えめな描写ですが、救いの象徴であるキリストが、画面の隅にひっそりと置かれている構図は象徴的です。
この配置は、「世俗的な栄光と知識に囲まれた人間が、死と向き合ったとき、最後に頼るべきものは何か」という問いを観る者に突きつけているのだと理解できます。
真正面から見ると気づきにくいのに、横から見るとドーンと髑髏になるって、ちょっとホラー演出だよね。
でも人生もそんなもんかも。正面だけ見てると順調に見えるけど、見る角度を変えると『いつか終わりが来る』って現実が見えてくる。
ホルバインが仕込んだ「肖像画以上のもの」
《大使たち》は形式上は「二重肖像画」です。しかしホルバインは、依頼主の身分や権威を示すだけでなく、当時のヨーロッパが抱えていた矛盾と不安を、象徴的なモチーフとして緻密に織り込んでいます。
ふたりの人物は自信にあふれた姿で描かれながらも、リュートの切れた弦や、計測器の乱れ、髑髏や十字架といった要素が、彼らの立つ足場の危うさを静かに語っています。
宗教改革によって旧来の秩序が揺らぎ、戦争の影が常につきまとっていた1530年代。ホルバインは、宮廷画家としての役割を果たしながらも、「知識と権力だけでは人間は安泰ではない」という冷静な視点を忘れていません。
その意味で《大使たち》は、単なる豪華な記念肖像ではなく、「人文主義の到達点と限界」を描いた寓意画として読むことができます。
依頼主の顔をちゃんと立てつつ、社会全体へのメッセージまで仕込むって、かなり頭のいい立ち回りだね。
そう。ホルバインは“宮廷の中の批評家”みたいなポジションを絵で実現してたのかもしれない。
おすすめ書籍
このサイトの参考にもさせて頂いている本を紹介します。
おわりに:知と権力のきらめきと、その影にある不安
《大使たち》をじっと眺めていると、最初は豪華な衣装や緻密に描かれた道具に目を奪われますが、やがて切れた弦や歪んだ髑髏、隅の小さな十字架など、どこか不穏なモチーフがじわじわと浮かび上がってきます。
16世紀ヨーロッパの知識人たちは、科学と芸術、人文主義の学問によって世界を理解できると信じていました。けれど同時に、宗教対立と戦争の危機、そして死の不可避性を前に、その自信は常に揺らいでいたのだと思います。
ホルバインは、その揺らぎを、ふたりの大使の沈着な視線と、足もとに横たわる髑髏とのコントラストに凝縮しました。500年近く経った今でも、この絵から伝わってくる「栄光と不安の同居する空気」は、現代の私たちにもどこか覚えがあるものではないでしょうか。
知識もキャリアもあって成功してるのに、ふとした瞬間に不安になる感じ、ちょっと現代っぽくもあるよね。
だよね。だからこそ、この絵は“昔の偉い人の肖像”を超えて、今の私たちの話としても読めるんだと思う。


