ソドマは、ルネサンス後期(マニエリスム)のイタリアで活躍した画家ジョヴァンニ・アントニオ・バッツィの通称です。柔らかな光と繊細な色づかいで人物を描き出し、一度見ると忘れられない独特の甘い雰囲気をたたえた作品で知られています。
とくに有名なのが、矢を受けながらもどこか陶然とした表情を浮かべる「聖セバスティアヌスの殉教」です。宗教画でありながら、殉教の苦しみよりも、青年の美しさや静かな恍惚感が前面に出ていて、当時の画家たちの中でもかなり個性的なアプローチと言えます。
一方でソドマ本人は、仕事にストイックな職人であると同時に、少し風変わりな振る舞いをする人物としても記録に残っています。修道院や大聖堂の大規模なフレスコ画を次々と手がけながら、ユーモアのある言動や自由な生き方で周囲を驚かせたようです。
そんなギャップこそが、ソドマを知るうえでの大きな魅力です。ここでは、代表作とともに、彼がどのような人生を歩み、どんな画風を築いたのかを見ていきます。
ソドマって名前だけ聞くとちょっとドキッとするけど、絵はめちゃくちゃ甘くて美形だらけなんだよね。
そうなんだよ。画風はロマンチックなのに、中の人は結構クセ強いっていうギャップが面白いんだ。
ソドマ
ここで簡単に人物紹介。

・本名:ジョヴァンニ・アントニオ・バッツィ
・通称:ソドマ
・生年:1470年代後半ごろ(多くの研究で1477年頃と推定)
・没年:1549年、シエナで死去と考えられています
・出身地:北イタリアのヴェルチェッリ近郊
・活動拠点:ロンバルディア地方で修行したのち、シエナとローマを中心に活躍
・主な技法:フレスコ画、板絵・カンヴァスの油彩画
・代表作の分野:聖人伝のフレスコ壁画、聖母子像、殉教図、神話画など
北イタリア生まれだけど、名前が売れたのはシエナとローマなんだね。
そうそう。都会に出て一気に才能を開花させたタイプだと思う。
レオナルド風の「甘さ」を受け継いだ独自の画風
若い頃のソドマは、ミラノ近郊などロンバルディア地方の画家たちから学んだと考えられています。この地域ではレオナルド・ダ・ヴィンチの影響が非常に強く、柔らかな光と空気の中に人物を溶け込ませるような表現が広まりました。
ソドマの作品にも、このレオナルド系の特徴がよく表れています。輪郭をくっきり描きすぎず、淡い陰影で肌や布の質感を丁寧に表現し、人物の感情を微妙な表情の変化で伝えるやり方です。たとえば聖人の殉教場面であっても、激しく叫ぶというより、どこか夢見るような表情で描かれることが多いのがソドマらしいところです。
同時代のフィレンツェ派の画家たちが、しっかりとした骨格表現や力強い動きを重視したのに対して、ソドマは線よりも色と空気感で魅せるタイプでした。柔らかな桃色や青、黄緑色を重ねてつくる繊細な色彩は、のちのマニエリスムの画家たちにも影響を与えたと考えられています。
レオナルドの空気感を引き継ぎつつ、もっと甘くロマンチックに振り切った感じだね。
うん。筋肉ムキムキのヒーローというより、どの人物もどこか憂いを帯びた美青年になってるのがソドマっぽい。
代表作「聖セバスティアヌスの殉教」に見る、ソドマの美学

ソドマの代表作としてよく挙げられるのが、フィレンツェのウフィツィ美術館が所蔵する「聖セバスティアヌスの殉教」です。矢に射られたローマ兵士セバスティアヌスを描いた主題は多くの画家が取り上げましたが、ソドマの作品はとくに官能的で、同時に祈りの静けさを感じさせる点で際立っています。
画面中央には、ほとんど裸の青年聖人が軽く体をひねりながら立っています。しなやかな身体には矢が突き刺さっているものの、苦悶の表情は薄く、むしろ天を見上げて神に身をゆだねるような、陶酔にも似たまなざしをしています。背景には柔らかな風景が広がり、殉教場面でありながら暴力性はあまり前面に出ていません。
この描き方は、信仰と肉体美のあいだのぎりぎりのバランスを攻めたもので、当時から大きな反響を呼びました。聖人の精神的な強さを、美しい若者像として可視化しようとした結果と言えるでしょう。
ソドマのセバスティアヌスって、痛々しいはずなのに静かで綺麗なんだよね。
殉教シーンをここまで“美”に振り切るのはかなり攻めてる。でもそれがソドマの個性になってると思う。
修道院のフレスコ画とローマでの大仕事
ソドマのキャリアを語るうえで欠かせないのが、シエナ近郊のオリヴェト会修道院モンテ・オリヴェート・マッジョーレのフレスコ装飾です。1505年ごろから数年かけて、聖ベネディクトの生涯を描いた大規模な連作を完成させました。
この連作では、修道士たちの日常生活や奇跡の物語が、広々とした建築空間や風景の中にのびやかに配置されています。人物表現の柔らかさと、奥行きのある構図が組み合わさり、修道院の回廊を歩くと物語世界の中を散歩しているような感覚を味わえます。
その後ソドマはローマにも招かれ、教皇庁の仕事にも関わりました。たとえば、現在ラファエロの作品で有名なヴァチカン宮殿の一室「署名の間」では、一部の壁面装飾にソドマの手が入っていたことが知られています。ただしローマではラファエロやミケランジェロという超大物と競わなければならず、彼の仕事は部分的な装飾にとどまったようです。
それでも、修道院から宮廷まで幅広い場所で制作したことは、ソドマが高い技術を持つ信頼できる画家とみなされていた証拠と言えるでしょう。
修道院の回廊を一周すると、ソドマの連続ドラマをずっと見てる感じなんだろうな。
しかも主演が全部“ソドマ顔”の美青年っていうね。修道士たち、内心ちょっとテンション上がってたかもしれない。
ソドマの性格は「怠け者」?それとも「自由人」?
ソドマについて書かれた同時代の記録には、少し辛口なものもあります。たとえば、のちに美術史の重要な資料となる伝記集をまとめたジョルジョ・ヴァザーリは、ソドマを「風変わりで自堕落な画家」として描きました。奇抜な服装を好み、冗談好きで、時には仕事の支払いをめぐって依頼主と揉めたというエピソードも残されています。
ただ、実際の作品数や契約記録を見ると、ソドマが決して怠け者ではなかったこともわかります。シエナとその周辺、さらにローマでの大規模な制作をこなし続けたことを考えると、彼はむしろ仕事量の多い職人肌の画家だったと考える方が自然です。ヴァザーリの評価には、好みの違いや人間関係のこじれといった、個人的な感情が混ざっている可能性も指摘されています。
つまりソドマは、当時の基準からすると少し自由すぎる振る舞いをしたために「変わり者」と見られたものの、画家としては非常に真面目で、締切にはきちんと応えるタイプだったのではないか、という見方も成り立ちます。
仕事ちゃんとしてるのに、キャラが濃すぎて“問題児扱い”されたパターンかもね。
いるよね、職場に一人は。結果は出すけど、周りからはいつも心配されてるタイプ。
ルネサンス美術史の中でのソドマの位置づけ
ソドマは、レオナルド系の柔らかな表現と、シエナの伝統的な色彩感覚、そしてマニエリスムへ向かうねじれた人体表現の要素をあわせ持つ画家です。そのため、ルネサンス盛期とマニエリスムの橋渡しをする存在として評価されています。
また、聖人伝や聖母子像といった宗教的主題だけでなく、古代神話に題材をとった作品も残しており、教養あるパトロンの嗜好に応える柔軟さも持っていました。絵の中に漂う甘さや夢見心地のムードは、後世の画家たちが「官能性」と「信仰」を両立させたいときに、ひとつのモデルとなったと考えられます。
現在も、モンテ・オリヴェート・マッジョーレの修道院や、シエナ大聖堂、フィレンツェのウフィツィ美術館などでソドマの作品を見ることができます。ルネサンスの黄金期を支えた巨匠たちの陰に隠れがちですが、その独特の世界観は、一度知ると忘れがたい味わいを持っています。
“レオナルド系だけどちょっと毒のある甘さ”っていう立ち位置、かなり唯一無二だね。
うん、ルネサンスのメインストリームから少し外れてる分、今見ると逆に新鮮なんだよな。
アテネの学堂にもいる?

ソドマはラファエロの『アテナの学堂』でプロトゲネスのモデルだとされています。
おすすめ書籍
このサイトの参考にもさせて頂いている本を紹介します。
まとめ:甘さと自由さが同居する、ソドマという個性
ソドマことジョヴァンニ・アントニオ・バッツィは、柔らかな光と繊細な色彩で人物を描き出したルネサンス後期の画家です。レオナルドの系譜に連なる優美な表現を土台にしながら、殉教図でさえどこか夢見るようなムードに変えてしまう独自の美学を持っていました。
一方で、同時代人からは奇人・変わり者と評されるほど自由な性格の持ち主でもあり、そのギャップが彼の人生と作品をいっそう魅力的なものにしています。修道院のフレスコ画から宮廷の注文作品まで、幅広い舞台で活躍した実績を踏まえると、ソドマは決して周縁的な画家ではなく、ルネサンス美術の多様性を象徴する重要な存在と言えるでしょう。
甘美な宗教画や聖人像が好きな人はもちろん、「レオナルド以外にもこんなタイプの画家がいたんだ」と知りたい人にとっても、ソドマはぜひ押さえておきたい一人です。
ルネサンスって真面目で端正なイメージが強いけど、ソドマみたいな自由人がいると一気にドラマが増すね。
だね。次はソドマと同時代の画家たちも並べて見ると、個性の違いがもっとハッキリ見えて面白くなると思う。


