青みの強い背景に、燃えるようなオレンジの花頭が五つ。花瓶の口からはみ出すように、下方には切り落とされた花が卓上に転がっています。
この《ひまわり(五輪)》は、アルルの夏・1888年8月に描かれたシリーズ初期の重要作で、のちの《十二輪》《十五輪》へつながる色と配置の試案が、すでに濃密に息づいています。残念ながら1945年、芦屋の個人邸火災で焼失。いまは写真・記録を通してその姿をたどる“幻の《ひまわり》”です。
【ひまわりシリーズ一覧解説記事】
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青の空気にオレンジがドン!って飛び出す感じ、やばい。
しかも下に転がる花。静物なのにドラマあるよね。

《ひまわり》(五輪)
まずは簡単に作品の情報を紹介します。


いま見られないからこそ、位置づけを知るの大事だね。
うん、系譜の“節”として押さえとくと、他の《ひまわり》が整理できる。

制作背景|“黄色い家”を飾る連作、その助走のピーク

アルルに腰を据えたゴッホは、ゴーギャンを迎えるための黄色い家の部屋の装飾として《ひまわり》連作を構想します。三輪で構図の骨格をつかんだ直後、花数を五輪へ増やし、
- 花の高さの段差(視線を回すための起伏)
- 咲き具合の差(生から萎れまでの“時間”の同居)
- 補色の活用(背景の青~藍に、花の黄橙を響かせる)
を一気に加速。ここでの成功が、8月後半に続く《十二輪》《十五輪》の跳躍を生みます。

三輪でウォームアップ、五輪でギア入ったって感じ。
そう。ここで“色と配置のルール”が固まるんだ。

構図|「立つ」「座る」「転がる」で作る三段ドラマ
画面には三つの“態度”が共存します。
- 立つ花:画面上部で空(青)の前に強くシルエット。
- 座る花:花瓶の口元で重心を作り、画面を安定させる。
- 転がる花:下辺に横たわり、静物に“時間”と“偶然”を持ち込む。
この縦→中→横の三段が、視線を上から下へ、また上へと循環させます。テーブルの水平線は低く、花の量感を押し上げる役目。

立つ・座る・転がる…擬人化すると一気に分かりやすい!
配置で物語を作るのがゴッホのうまさよ。

色と光|青い空気に“炎色の黄”を鳴らす
背景は藍〜青緑の広い色面。ここに黄橙(オレンジ寄りの黄)を置くと、補色対比で花が前へ“ポン”と飛び出します。
黒で影をつくらず、寒色で明度を落とすのがパリ仕込み。花瓶のガラスには白・淡緑のハイライトを最小限置き、南仏の光のにじみを表現。のちの“全面イエロー背景”型とは異なる、冷×温の緊張が魅力です。

青が“クール”、オレンジが“熱”。温度差で立体が出るんだね。
うん、色相差と明度差だけで勝負してる。

筆致と質感|触覚まで届く短いストローク
花頭は放射状の短いタッチで、種のざらつき・花弁の反り返りを触覚化。花弁の縁や葉の輪郭はやや太めに残し、油絵具の盛り(インパスト)で“縁の影”をつくります。
卓面は四角い小片のようなストロークを敷き詰め、植物の“重さ”を支える土台に。

近づくとほぼ彫刻。絵具が語るよね。
絵肌そのものがモチーフの一部になってる。

この《五輪》が担った役割(3つ)
- 青背景タイプの最高到達点の一つ
後の《十二輪》《十五輪》に比べ、寒色背景×黄の花という“押し出し型”のコントラストが際立ちます。 - 卓上の切り花=時間の暗示
転がる花は、静物画に一瞬の出来事を持ち込む装置。生と萎れ、置かれたものと落ちたもの――時間の層が一画面に。 - “黄一色の光”へ向かう助走
ここで補色の鳴らし方を極めたからこそ、後の全面イエロー(ロンドン版など)が“光の場”として成立します。

連作で見ると、五輪って“橋”なんだな。
青から黄へ、対比から同化へ。移行点だね。

運命と記録|なぜ今見られないのか
この作品は戦時中に芦屋の個人邸で火災焼失しました。幸い、戦前の白黒写真・図版・記録が残り、構図・明暗の把握は可能です。だからこそ、他の《ひまわり》を鑑賞する際に“青背景の要石”としてイメージしておく意味があります。

失われたけど、系列の中で息をしてる。
系譜に組み込まれた作品は、記憶の中で生き続けるんだ。

見比べポイント|三輪/五輪/十二輪/十五輪



- 三輪 → 五輪:花数増で視線のテンポが上がる。
- 五輪 → 十二輪/十五輪:背景が**“光(黄)”**に変わり、画面全体が自発光する印象へ。
- 青背景(五輪・十二輪の系統)は対比で押す、黄背景(十五輪の系統)は同化で包む——この違いを意識すると見え方がクリアになります。

対比で“カッ!”、同化で“ほわっ”。体感ちがうね。
その体感差こそ、連作を連作たらしめる要因。

よくある質問(FAQ)
Q. なぜ卓上に花が落ちているのですか?
A. 静物に**出来事(時間)**を導入するための仕掛けです。生と萎れ、整然とした配置と偶然の転がりを同居させ、画面にドラマを生みます。
Q. サイズやカンヴァスは他の《ひまわり》と同じですか?
A. 近い規格(いわゆる“30号前後”)ですが、作品ごとに数センチ単位の差があります。
Q. どこで見られますか?
A. 本作は焼失のため、実物鑑賞はできません。他の《ひまわり》(ロンドン/東京/ミュンヘン/アムステルダム/フィラデルフィア)で色設計や花の段差を体感しながら、本作の“青×黄”を想像していただくのがおすすめです。

見えないからこそ、他作を手がかりに想像する旅になるね。
そう。連作は一本だけじゃ完結しないんだ。

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まとめ
《ひまわり(五輪)》は、青い空気に炎色の花を鳴らす、シリーズ初期の緊張感に満ちた一枚です。立つ・座る・転がるの三態で視線を回し、補色対比で花を前へ押し出す。ここで確立したルールが、のちの《十二輪》《十五輪》へと受け継がれます。実物は失われても、連作の“骨格”として、この作品は今も《ひまわり》を見る私たちの目を支えています。

幻の一本。でも、シリーズの中では骨太の柱。
うん。青の記憶があるから、黄がより眩しくなるんだ。

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