人生に疲れ果て、すべてを失って帰ってきた息子を、父はただ黙って抱きしめた──。
レンブラント晩年の傑作《放蕩息子の帰還》は、新約聖書の一場面をもとにしながら、
それ以上に“人が人を赦す”という深い感情を、光と構図の力だけで描き出しています。
父のまなざし、両手のぬくもり、そして沈黙の中にある圧倒的な優しさ。
この絵に込められた“無償の愛”を、画家レンブラント自身の人生とともに、わかりやすく解説します。

怒られるかと思ったら…こんなふうに迎えられたら、涙出ちゃうね…!
作品基本情報

タイトル:テュルプ博士の解剖学講義(De terugkeer van de verloren zoon)
制作年:1668年(死の直前)
サイズ:262 × 205 cm
技法:油彩/キャンバス
所蔵先:エルミタージュ美術館(ロシア・サンクトペテルブルク)

晩年の作品なんだね!
・聖書の物語をもとに、父に赦される息子の姿を描いたレンブラント晩年の傑作。
・沈黙と光、そして“手のぬくもり”で語る無償の愛が印象的です。
・人生の苦難と再生を静かに映し出す、深い精神性をたたえた作品です。
作品の背景|晩年のレンブラントが描いた“赦し”のかたち

《放蕩息子の帰還》は、新約聖書「ルカによる福音書」第15章に登場するたとえ話をもとにした作品です。
財産を使い果たし破滅した息子が父のもとに帰ってくると、父は咎めることなく抱きしめ、赦しを与えるという物語です。
レンブラントはこの主題を晩年に繰り返し描いており、この大作はその集大成ともいえる一枚。
彼自身の人生——成功と失墜、愛と喪失、苦難と孤独——が、この作品に深く投影されていると考えられています。

ただの“聖書の話”って感じじゃないね…。
画面から“人の気持ち”が静かに流れてくる感じがする…
見どころ①|父と息子の構図

画面左で膝をつくのが放蕩息子。
痩せ、衣服もぼろぼろですが、彼の表情は見えません。代わりに、父の両手が彼を包み込むように描かれています。
詳しくは後述しますが、この父の手が注目ポイント。
左手は大きく力強く、右手は小さく優しげであるとされ、
「父」と「母」両方の性質を備えた“赦しの象徴”として解釈されることもあります。
父の顔には、喜びよりも深い哀しみと静かな慈愛がたたえられており、
この絵が単なる再会ではなく“心の救済”の瞬間を描いていることが伝わってきます。
見どころ②|光と闇の演出

画面全体は暗く沈んだ色調で構成されており、
光は父と息子に静かに注がれ、鑑賞者の視線を自然と中心に導く構図になっています。
これはレンブラントが得意とした「キアロスクーロ(明暗法)」の技法であり、
光は神の恵みや赦しの象徴として機能しています。
周囲の人物たちは闇の中に置かれ、観察者としての立場にありますが、
その表情は一様ではなく、兄の冷ややかな視線や、無表情な使用人の顔など、
見る者の感情を揺さぶる“沈黙の対話”がこの絵の中に広がっています。
豆知識|この絵の“手”に込められた謎
この作品において、美術史家たちが特に注目するのが父の両手の描写です。

一説には、左右の手が明らかに異なっている(サイズ・形・骨格)ことから、
「父なる神の右手(力)と、母のような左手(慈愛)」を意図的に描き分けたのではないかと考えられています。
このような表現は、画家自身の人生と信仰への深まりを物語るものとして、今日でも多くの研究者の関心を集めています。
✅ まとめ|沈黙と光に語らせる“赦し”の絵画
《放蕩息子の帰還》は、レンブラント晩年の境地を示す精神性の高い作品です。
そこには説教も言葉もなく、ただひとつの抱擁と沈黙があり、赦しと再生の瞬間が画面に定着されています。
失ったものの大きさ、戻ってきたことの重み、そしてそれを受け入れる無償の愛――
これらすべてを、レンブラントは言葉ではなく、光と構図、表情と手のひらで語り切ったのです。

こんなふうに“許される”って、うらやましいって思っちゃう…
優しすぎる世界だね
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