旧約聖書のバテシバの物語といえば、美しい裸婦が水浴びする官能的なイメージを想像するかもしれません。
しかしレンブラントが描いた《バテシバの水浴》は、それとはまったく異なる印象を与えます。
彼女はダビデ王からの手紙を手にし、何かを決断しようとしている――
その静かなまなざしと沈黙に満ちた表情は、見る者の心に深く問いかけてきます。
この記事では、裸体画の枠を超えたこの作品に込められた葛藤と人間性を、レンブラント晩年の視点からわかりやすく解説します。

「裸なのに、心の中まで見てるみたい…。
“決断の重み”って、こんなにも静かなんだね
作品基本情報

タイトル:ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴(Bathseba met de brief van koning David)
制作年:1654年
サイズ:142 × 142 cm
技法:油彩/キャンバス
所蔵先:ルーヴル美術館(フランス・パリ)

ルーヴル!!!
・聖書の物語に登場するバテシバが、ダビデ王の召喚に葛藤する一瞬を描いた作品。
・官能性よりも内面の苦悩と決断の重さに焦点を当てた、異色の裸体画です。
・肌の描写や光の使い方から、レンブラント晩年の深い人間観が感じられます。
背景|聖書の物語に隠された葛藤

この作品は旧約聖書「サムエル記下」第11章に登場する物語に基づいています。
ダビデ王が宮殿の屋上から美しい人妻バテシバの水浴を目撃し、彼女を呼び寄せて関係を持った末、
その夫ウリヤを戦死させるというスキャンダラスな内容です。
この場面は多くの画家により、官能的なテーマとして描かれてきましたが、
レンブラントは大胆にも“誘惑される前の葛藤”の一瞬に焦点を当てています。
見どころ①|美しさよりも感情を

バテシバは裸で描かれていますが、ポーズや表情は挑発的でも官能的でもありません。
彼女は手紙(=ダビデ王からの召喚)を手にし、物思いに沈んだようなまなざしで遠くを見つめています。
この“考える裸婦”という表現が、レンブラントならではの革新。
肉体そのものではなく、そこに宿る感情や人間性を描いた裸体画なのです。

裸なのに、見てて恥ずかしくならないのが不思議…。
むしろ“この人、何考えてるんだろう”って引き込まれるよね
見どころ②|光と肌、そして真実の質感

この絵では、バテシバの肌がとても丁寧に、やわらかく、自然な質感で描かれています。
背景は暗く抑えられ、彼女の体がやさしく光に浮かび上がる構図です。
肌のたるみや影の描写は、当時としては異例の“リアルな表現”であり、
当時の理想化されたヌードとは一線を画しています。
このリアリズムが、バテシバの内面の重さや現実感を強調しており、
聖書の登場人物を“人間として”描くというレンブラントの信念がよく現れています。
豆知識|モデルはヘンドリッキエ?
バテシバのモデルについては、レンブラントの愛人であり事実上のパートナーであったヘンドリッキエ・ストッフェルスだと考えられています。

彼女は破産後のレンブラントを支えた存在であり、多くの作品に登場しています。
彼女自身も未婚でありながらレンブラントの子を産むなど、
この絵に込められた「道徳的な葛藤」「選択の重み」は、レンブラントとヘンドリッキエの関係にも重なる部分があると指摘されています。
まとめ|官能よりも、沈黙と人間性を描いた裸体画
《ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴》は、裸体を描きながらも、
肉体の美よりも、決断の重さと葛藤の静けさを描いた異色の聖書画です。
レンブラントはここでも、光と影、視線と構図を使って、
見る者に“言葉にならない感情”を想像させる静かな力を発揮しています。

聖書の話だけど…なんだか、すごく“今の人”みたい。
悩んでるときの気持ちって、昔も今も変わらないんだね
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