ゆるやかに傾く芝生に、紫がかった花壇、奥には青い屋根の家。
庭の中央を抜ける風の流れまで見えるような筆致の合間を、黒い猫がスッと横切ります。
《ドービニーの庭》は、オーヴェル=シュル=オワーズに移った1890年初夏、ゴッホが敬愛するバルビゾン派の画家シャルル・フランソワ・ドービニーの家の庭を描いた作品です。
“自然を礼拝する画家”への挨拶として、そして自分の現在地を確かめるように、ゴッホは緑の音階でこの庭を歌い上げました。
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黒猫、いいアクセントだね。緑のなかで目が覚める!
猫はバージョンによって位置や描写が違う。
小さくても視線を留める役割が大きいんだ。

《ドービニーの庭》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

- 作品名:《ドービニーの庭》/Le Jardin de Daubigny
- 制作:1890年、オーヴェル=シュル=オワーズ
- 技法:油彩・カンヴァス
- 主題:画家ドービニー邸の庭(ベンチ、テーブル、花壇、黒猫、奥に家屋と生け垣)
- 備考:複数ヴァージョンが存在(構図やサイズ・色調に差)。代表的所蔵はファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)/ひろしま美術館 /バーゼル市立美術館ほか

複数バージョンって、同じ庭を何度も描いたってこと?
そう。構図の取り方や緑の調子を変えて、完成度を高めていったと考えられているよ。

制作背景|“自然を敬う画家”ドービニーへの敬意
オーヴェルはドービニーが晩年を過ごした土地。ゴッホは若い頃から彼を自然賛美の先達として尊敬していました。
地元でその邸宅を目にし、庭の空気を写し取ることは、単なる写生以上の意味を持ちます。
手紙でも「とても美しい庭だ」と触れ、礼状のような気持ちで描いたことがうかがえます。庭という親密な空間を選んだことで、尊敬と親愛が同時に伝わるのです。

“人物じゃなくて庭”っていう選び方が、逆に心がこもってる感じ。
ドービニーが愛した“自然の部屋”そのものを捧げる――そんな発想だね。

構図の見どころ|うねる地面と“視線の散歩道”
手前の芝生は左上から右下へ大きく傾斜し、短いストロークが草のうねりを作ります。
中央の楕円形の花壇と、その奥のベンチとテーブルが“休息の場”を示し、さらに奥の青い屋根と並木へ視線を導く。
右端の開いた門や、手前の黒猫は、観る人をそっと庭へ招き入れる入口の記号になっています。静物的な整然さよりも、歩く速度で世界を組み立てるのがゴッホ流です。

道や門があると、絵の中に“入れる”感じがする!
構図上の導線だね。視線の散歩コースをちゃんと設計してある。

色彩と筆致|緑の“音階”、紫の影、青い屋根のクールダウン
画面の主役は緑。黄緑・エメラルド・深い緑が層で響き合い、量感と奥行きを作ります。
陰影には黒を避けて青紫を差し、冷暖の対比で立体を立ち上げる。
花壇の紫や屋根のコバルトブルーが彩度の高い緑を落ち着かせ、手前の芝生に置かれた白い光の塊が風の反射のようにきらめきます。
筆致は短く、半円やS字が多用され、風と葉のざわめきをそのまま触覚化しています。

黒をほとんど使ってないのに、ちゃんと奥行きがある!
明度差と補色で空間を作るのがゴッホの十八番。
特に緑×紫の関係が効いているね。

小さな物語|黒猫・ベンチ・人影がつくる“生活の気配”
左前景の黒猫は、緑の大海に置かれた小さな“ピリッと効くスパイス”。
中央奥のベンチとテーブルは庭の主の不在を示しつつ、会話や休息の記憶を漂わせます。
並木の前に立つ小さな人影は、庭と家をつなぐ“生活の糸”。
過剰にドラマを語らず、気配で庭の人格を立ち上げる手つきに、ゴッホの成熟が見えます。

猫がいるだけで、急に“今日の庭”って感じになるね。
そう。アクセントとスケールの基準、両方の働きをしている。

ヴァージョン違いと所蔵|何が変わる?



知られている《ドービニーの庭》には、サイズや色調の異なる数点があり、
緑の明度、花壇の紫の強さ、黒猫の位置などが微妙に変化します。
オーヴェル滞在の短い期間の中で、ゴッホが緑の調和と画面のリズムを何度も調整した痕跡です。
(代表作はアムステルダム・ファン・ゴッホ美術館と広島美術館に所蔵。)

見比べると“緑の気温”が違って感じる!
まさに。色の温度設定を変えて、最適解を探っているんだ。

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まとめ|敬意と現在地を、緑のハーモニーで
《ドービニーの庭》は、尊敬する先達へのオマージュであると同時に、ゴッホ自身の現在地の宣言です。
黒に頼らない緑のハーモニー、気配で語る物語、視線の散歩道。
オーヴェル期の短い夏の光が、ここではっきりと結晶しています。
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“静かな絵”なのに、見終わると胸がじんわりするね。
敬意ってこういう形でも描ける。色とリズムで、そっと手渡すんだよ。
