銀貨みたいに丸く薄い実が、暗い室内でふっと光る。
花瓶の足元には、渋い色の花と厚い葉。脇には枯葉の枝がもたれ、背景の布が静かに陰影をつくる。
1884年の秋から冬、ニューネンにいたフィンセント・ファン・ゴッホが描いた《ルナリアを生けた花瓶》は、派手さを抑えた“土のパレット”で、季節の手触りをそのまま画面に持ち込んだ静物画だ。
南仏の鮮烈な色の前に、オランダ時代の色と絵肌がどれだけ豊かだったかを教えてくれる。
「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で来日する作品です。
【生涯を知りたい方はこちらがおすすめ】
・ゴッホの人生を年表で徹底解説!作品と出来事からたどる波乱の生涯

派手な黄色や青じゃなくても、めっちゃ引き込まれるね。
そうなんだよ。静かな色合いの中に、冬の空気ごと閉じ込めてるんだ。

《ルナリアを生けた花瓶》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

品名:ルナリアを生けた花瓶
制作:1884年 秋–冬(ニューネン)
技法:油彩・カンヴァス
主題:ルナリア(合田草)の種子鞘、秋の葉枝、小ぶりの花束、テーブルクロスと背景布
所蔵:ファン・ゴッホ美術館

タイトルはいくつか言い方があるけど、核は“ルナリアの静物”だね。
うん。季節の素材を集めたニューネンらしい一枚だよ

ニューネンの静物期|冬に鍛えた“色と量感”
畑や機織りと並行して、ゴッホは室内で静物を繰り返した。
野外が鈍い光に包まれる季節でも、台所や居間のテーブルには題材が尽きない。彼はそこで、オーカーや深い緑、アンバーを中心にした“土のパレット”で、量感と空気を作る訓練を徹底する。
静物は“休憩”ではなく、のちの群像や花シリーズに直結する基礎づくり。
この一枚にも、面を彫るようなタッチと、暗い中で光を拾う目がはっきり出ている。

地味な色なのに絵が厚いのは、その訓練の賜物か。
そう。彩度より“手応え”で見せるオランダ期の強みだね。

ルナリアというモチーフ|“銀貨”の実が運ぶ季節
ルナリアは、薄い円盤状の種子鞘が特徴の植物。乾くと紙のように透け、別名は“オネスティ(honesty)”、オランダ語では“ユダの銀貨”を連想させる呼び名もある。
冬の室内を飾る素材として親しまれ、強い香りや派手な色はないが、弱い光でも面がふっと返る。
ゴッホはその“返し”を白いハイライトと灰緑の半影で捉え、硬い実と柔らかな花弁、厚い葉を同じテーブルに並べて質感の対比を作った。

光を大きく反射しないのに、ちゃんと“面”が見えるね。
円盤の縁と芯にだけ明暗を置いて、紙質の薄さを出してるんだ。

構図と空間づくり|縦の束と横の盛り
ルナリアは細い茎を束ねて縦に伸ばし、前景には低く盛った花束を水平に配置。
背後の布と右の枝が斜めの流れをつくり、画面の奥行きを支える。
器は背の高い花瓶と浅い鉢の二段構えで、上の軽さと下の重さが釣り合う。
視線は、手前の濃い葉→中央の花→上の円盤状の実→右の枝と布へと、S字に動く。
静物なのに“視線の散歩道”がはっきり設計されている。

二つの器で“上下の重心”を作ってるのが効いてる。
うん、上は空気、下は地面。静物でも重力を忘れてないね。

色と絵肌|“土のパレット”で光を刻む
色相は絞られ、グレーがかった緑、鈍い茶、くすんだ白が主体。
ルナリアの面には短い筆致でハイライトが置かれ、花や葉は厚塗りでボリュームを押し出す。
背景は乾いた刷毛目でざらっと処理され、前景の艶との対比が生まれる。
色数が少ないぶん、タッチの方向と厚みがニュアンスを担う。
のちの《ひまわり》の明るさとは真逆だが、物の“重さと肌理”という意味で、根は同じだ。

暗いのに、手で触れる場所がちゃんとわかる。
タッチの向きで材質を描き分けてるからだよ。

関連作と反復|冬のテーブルで育つシリーズ
ニューネンでは、ルナリアのほかにも球根、干したタマネギ、聖書や蝋燭など、冬の室内をめぐる静物がまとまって生まれた。
同じ素材でも器や配置を替え、背景の布の折り目を変え、何度も試し直す——反復は退屈ではなく“精度を上げるためのリズム”だった。
この繰り返しが、1885年の《ジャガイモを食べる人々》における卓上のモデリングや、南仏での花の群像に直接つながっていく。

冬のテーブルが、後年の大作の畑になってる感じ。
その通り。ここで蒔いたのが、アルルで咲くんだよ。

時代とのつながり|“静かな象徴”としての植物
宗教的な象徴を前面に押し出すのではなく、日常の植物がささやかに季節と時間を示す。
ルナリアの“銀貨”は、豊かさの比喩にも、移ろいの印にも読めるが、ゴッホは説教にしない。
ただ机の上の光を信じて、面を一枚ずつ描き起こす。その節度が、この絵の品の良さを支えている。

意味を押しつけないのが、かえって長持ちするね。
うん、“置かれたものの重み”だけで語らせてるから。

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まとめ|オランダ時代の静けさは、後年の色を支える
《ルナリアを生けた花瓶》は、ニューネンの室内に積もる冬の空気と、画家の手の温度がそのまま残る静物だ。
暗い背景と控えめな色、厚い絵肌、ささやかな光。
ここで磨かれた“量感をつくる目と手”があったからこそ、のちの南仏の眩しい花も、空虚にならずに立ち上がる。

しみじみ味わうタイプの名品だわ。
だね。派手さはないけど、冬の部屋にずっと置いておきたくなる。

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