顔の半分が影に沈み、深い緑のショールが肩からすっぽりと落ちています。
差し込む弱い光は、片方の頬と手だけを拾い、指先のかすかな震えまでをも照らします。
1885年3〜5月、オランダ・ニューネンで描かれた《服喪のショールをまとう女性》は、ゴッホが“農民の頭部研究”を集中的に行っていた終盤に生まれた油彩です。
暗いパレット、単一光源、そして手の表情。ニューネン期の核心が一枚に凝縮されています。
「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で来日する作品です。
【生涯を知りたい方はこちらがおすすめ】
・ゴッホの人生を年表で徹底解説!作品と出来事からたどる波乱の生涯

静かなのに、呼吸が聞こえるみたいだね。
うん。声を張らずに、光と手だけで語り切ってるんだ。

《服喪のショールをまとう女性》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:服喪のショールをまとう女性
制作時期:1885年3〜5月(ニューネン)
技法:油彩/カンヴァス
サイズ:45.5cm×33.0cm
所蔵:ファン・ゴッホ美術館

なんか幸せそうには見えないね
そう。だけど当時の暮らしの空気は、はっきり残ってるよ。

制作背景|父の死の季節と“頭部研究”の終盤
1885年3月、ゴッホの父テオドルスが急逝します。
この前後、ゴッホは村の人々の頭部を何十点も描き、同年春に《ジャガイモを食べる人々》へと到達しました。

ゴッホの《ジャガイモを食べる人々》を解説!ヌエネン時代の代表作
《服喪のショールをまとう女性》は、その流れの中で描かれた一作で、喪の衣装というモチーフは当時の村の生活習慣とも響き合います。感情を直接語らず、身振りと衣服に“喪の時間”を託している点が、ニューネン期らしい節度です。

出来事を言葉で説明しないで、画面にだけ置いてるのが渋い。
だよね。生活のディテールで時代を語るやり方だ。

色と光|“土のパレット”でつくる静かなコントラスト
画面は深い緑と褐色を基調に、わずかな黄土と白が差します。
光源は一方向からで、頬・鼻筋・指先にだけハイライトが置かれ、他は厚い影に沈む。
華やかな色はありませんが、暗さの幅が豊かなので、顔と手が立体として確かに起き上がります。オランダ時代特有の“土のパレット”が、喪の静けさに説得力を与えています。

暗いのに、顔と手だけがしっかり前に出てくるね。
明るさより、影の設計で空気を作ってるからだよ。

構図とジェスチャー|フードの三角形と差し出す手
ショールは頭から肩まで三角形の“屋根”をつくり、人物を包み込みます。
左手は胸元に触れ、右手はテーブルの縁へ差し出される。
この二つの手の位置が視線の導線になり、沈黙の中に微かな会話の気配を生みます。顔は正面に近いが、視線はやや下。声にならない感情を、手の角度で受け止めています。

言葉じゃなくて、手だけで状況がわかるのがすごい。
うん。ゴッホにとって“手”は、表情と同じくらい雄弁なんだ。

筆触と量感|“彫るように塗る”ニューネンの手つき
肌、布、木の面は、短いストロークの方向を変えながら重ねられています。
頬の面は斜め、ショールのひだは縦、テーブルは水平……と、面の向きごとにタッチが切り替わるため、色を増やさなくても量感が出ます。
のちの南仏で色彩が解放されても、この“触覚で彫る”方法が基盤になりました。

近づくとタッチの向きが全部意味を持ってるのがわかる。
そう、それが立体の設計図。線じゃなく、筆の流れで彫ってる。

同時期作との呼応|《教会の会衆》《ジャガイモを食べる人々》へ

ゴッホの《ニューネンの教会の会衆》を解説!オランダ時代の核心
喪服の人びとを加筆した《ニューネンの教会の会衆》(1884–85)と、同年の《ジャガイモを食べる人々》は、本作と同じ暗調・単一光源の設計を共有します。
屋外の共同体の時間、室内の食卓の時間、そしてここにある“ひとりの沈黙の時間”。三つが揃うことで、ニューネンという土地の生活が立体的に見えてきます。

群像・風景・肖像が、同じ季節の空気でつながるんだ。
そう。別々のジャンルでも、呼吸はひとつなんだよ。

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まとめ|喪の色を、生活の温度で描く
《服喪のショールをまとう女性》は、悲嘆を誇張せず、日常の身ぶりと暗調の光だけで“喪の時間”を描いた作品です。
土のパレット、彫るような筆触、手の位置が語る沈黙。
ニューネン期の核心が静かに結晶しており、後年の華やかな色を支える土台としても外せない一枚です。

静かだけど、胸の奥に長く残るタイプだね。
だよな。声を上げない強さって、こういう絵から覚えるんだ。

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