やわらかな初夏の光の下、曲がりくねる小径を二組の恋人が歩いています。
若い並木には赤い房の花が点々と咲き、空には斜めの短いストロークが走ります。
1887年5月、パリで制作された《サン=ピエール広場を散歩する恋人たち》は、ゴッホが明るいパレットと点描的(分割)筆触へと舵を切ったことをはっきり示す一枚です。
オランダ時代の“土の重さ”を脱ぎ、モンマルトルの丘に流れる都市の時間を、軽やかにすくい取っています。
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空の斜めの線、風みたいに見えるね。
そうそう。色点と短いストロークで、光と空気を動かしてるんだ。

《サン=ピエール広場を散歩する恋人たち》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:サン=ピエール広場を散歩する恋人たち
制作:1887年5月(パリ、モンマルトル)
技法:油彩/カンヴァス
主題:サクレ=クールの丘の北側にある小公園(サン=ピエール広場)の並木と園路、そこで時間を過ごす恋人たち
所蔵:ファン・ゴッホ美術館
備考:同時期に公園・河畔・並木を題材とする近作が複数制作されています

場所はサクレ=クールの近くなんだ。
うん、当時のモンマルトルは“街の端境”で、畑や公園がまだ残ってたんだよ。

制作背景|新印象派との出会いで生まれた“明るさ”
1886年にパリへ移ったゴッホは、ピサロやスーラ、シニャックらの作品に直接触れ、色を分けて置く方法を吸収します。
1887年春から初夏にかけては、モンマルトル一帯の広場やアニエールの河畔を頻繁に描き、画面の明度が一気に上がります。
本作はその真っ只中にあり、軽い地塗りの上へ短いストロークを重ねるという新しい手つきが、隅々まで行き渡っています。

なるほど、学んだ“分割”がそのまま屋外スケッチに反映されてるわけね。
そう。オランダの密度を保ったまま、光だけを軽くしてる感じ。

構図設計|S字の園路と“二組”の配置
視線は左下の道から入り、S字に折れながら中央の花咲く木へ、さらに奥のカップルへと進みます。
二組の恋人を前後に置くことで距離感が明確になり、散歩の時間が画面の中で連なっていきます。
小径と生け垣の水平・斜めがリズムを作り、人物は小ぶりでも公園の“余暇の空気”がしっかり伝わります。

人物は豆粒サイズなのに、物語はちゃんと読める。
園路のS字と“前後のペア”が、時間の流れを作ってるんだ。

色彩と筆触|斜めの短いストロークで光を刻む
空は白と淡い青の斜めストロークで埋め、木々は緑に黄・赤を点在させて葉と花のきらめきを作ります。
影は黒でつぶさず、補色気味の混色で落とすため、画面全体が呼吸するように見えます。
地面も複数の黄土を置き分け、ストロークの向きを変えて小石や芝のざらつきを感じさせます。

点々と斜め線だけなのに、明るさが増幅してる。
色を混ぜずに隣り合わせで置くから、目の中で光るんだよ。

都市の余暇を描くということ|“農民画”からの転回
ニューネンでの労働や室内の暗調から、ここでは都市の余暇へ。
恋人たちが歩き、立ち話をするだけの場面ですが、19世紀末のパリに広がる公園文化と、画家自身の視点の変化が重なります。
社会的主題を声高に語らず、日常の小さな幸福を色のリズムで見せる——それが1887年のゴッホらしさです。

重たいテーマじゃなくても、画面に芯が通ってる。
うん、幸福を“足取り”と“光”で描けるようになった時期なんだ。

同時期作との連関|丘と河畔、もう一つの散歩道

この春から夏にかけての屋外画には、モンマルトルの風車、アニエールの河畔、並木道などの姉妹作が並びます。
筆触のほどき方や明度の上げ方を作品ごとに試しつつ、視点の高さや距離を変えて変奏しているのが特徴です。
あわせて読むと、パリ期ゴッホの“実験の歩幅”が見えてきます。

同じ丘でも、距離が変わると性格がガラッと変わるね。
そう、“どこから見るか”が絵のリズムを決めるんだ。

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まとめ|点描的な軽さの中に、確かな時間
《サン=ピエール広場を散歩する恋人たち》は、明るい混色と斜めの短いストロークで、散歩のひとときを軽やかに定着させた作品です。
人物は小さくとも、風と会話の温度が残り、1887年という転回点の気配が画面から立ちのぼります。
この軽さが、のちのアルルの強い色彩へと、違和感なく橋渡しをしていきます。

静かな絵なのに、見終わっても足取りが残る感じ。
だよね。色の粒と道のS字が、心の中を散歩させてくれるんだ。

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