窓辺の丸テーブルに、水差しとアブサンのグラスが静かに置かれています。
薄い黄緑の液体が室内光を拾い、外の石畳や歩く人影がガラス面に柔らかく映り込む。
1887年2–3月のパリで描かれたフィンセント・ファン・ゴッホ《アブサンが置かれたカフェテーブル》は、色と光の関係をテーブルの上で精密に確かめた、実験的で詩的な静物です。
「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で来日する作品です。
【生涯を知りたい方はこちらがおすすめ】
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静物なのに、街の気配まで入ってくるのがいいね。
窓の光を呼び込むと、カフェがちっちゃい世界になるんだ。

《アブサンが置かれたカフェテーブル》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:アブサンが置かれたカフェテーブル(Café Table with Absinthe)
制作:1887年2–3月、パリ
技法:油彩/カンヴァス
サイズ:46.3 × 33.2 cm
所蔵:ファン・ゴッホ美術館(オランダ・アムステルダム)

要素は少ないのに、見どころは多いね。
削ったぶん、色と光が前に出るんだよ。

パリで広がった静物レパートリー
ニューネン時代に素焼きの壺や収穫物、鳥の巣などを描いてきたゴッホは、パリでは花の静物や卓上の小物へと題材を広げます。
近代絵画の色彩理論や点描の方法に触れる中で、静物は生涯続く大切なレパートリーになりました。果物や本、靴のような身近な品を繰り返し描き、光と配色の勘を鍛えた流れの中に、本作の「カフェの卓上」も位置づきます。

身のまわりの物が、練習台にも作品にもなるってことか。
そう。毎日触るものほど、光の変化がよく分かるんだ。

画面構成──窓辺のグリッドと円の安定
視線はやや見下ろし気味。テーブルの円、水差しの円筒、グラスの受け口という円の反復が、まず画面を落ち着かせます。
背景は大きな窓。縦横の桟が格子(グリッド)となって空間を区切り、外の歩行者や路面のカーブが、にじむような短い筆致で示されています。日本の浮世絵に学んだ大胆なトリミングも感じられ、室内と屋外を一枚に重ねた構図が、静けさの中に時間の流れを呼び込みます。

丸と格子の取り合わせ、めっちゃ安定してる。
土台が強いと、色を動かしても崩れないんだ。

色と技法──薄塗りでつくる“水気”と冷たい緑
この絵は、油絵具を非常に薄くのばす描き方を多用しています。にじみを生かした下地によって、テーブルや窓ガラスに水気のある反射が生まれ、全体が水彩のように軽やかに見えます。
アブサンの黄緑は、周囲に置かれた木部の黄土や、窓外の青みと響き合って、冷たさがいっそう際立ちます。黒で輪郭を締めず、温度の違う明るさだけで透明感を立ち上げているのが、パリ期の新しいやり方です。
同時期の友人トゥールーズ=ロートレックも、似た薄塗りを活かした作品を残しており、こうした軽やかなタッチは当時の前衛と歩調を合わせるものでした。

油絵なのに、空気がさらっとしてる。
絵具を薄く使うと、光が紙みたいに透けて回るんだ。

カフェ文化とアブサンのリアリティ
アブサンはフランス産の強い薬草酒で、アニスやニガヨモギの香りが特徴です。
画家仲間のポール・シニャックは、ゴッホが仕事終わりにしばしば酒をたしなんだと回想しています。
また、ロートレックが描いた1887年のゴッホの肖像には、独特の形のアブサングラスが添えられ、当時のカフェの空気を伝えます。ゴッホ自身もパリ初期に酒量が増えたことを手紙で認めており、本作の一杯は流行の飲み物を超えて、生活の時間帯を示すモチーフになっています。

酔いを誇張しないのが、逆にリアルだね。
うん。飲む前の静けさに、その日の重さが宿るんだ。

小さな卓の上で磨かれた「パリの目」
この時期のゴッホは、花の静物、河畔の風景、カフェの卓上を行き来しながら、明度設計と配色を身体で覚えていきます。
本作の薄塗りと柔らかな反射、補色の響きは、のちの明るいパレットへ直結しました。テーブルの上の一杯は、色の研究と都市の生活感を同時に運ぶ、小さなハブだったと言えるでしょう。

外の景色も、ここから練られてたわけだ。
そう。カフェはアトリエの“分室”だったのさ。

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まとめ──一杯の前で、色と光は研ぎ澄まされる
《アブサンが置かれたカフェテーブル》は、円の安定と窓のグリッド、薄塗りの水気、補色の冷たさで成り立つ、静かで鋭い研究の成果です。
テーブルの上に置かれたのは、単なる飲み物ではなく、近代の色彩と日常の時間でした。

控えめなのに、じわっと長く残る絵だね。
そういう一枚が、次の大胆さを支えてくれるんだ。

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