1888年の春、ゴッホはアルルで一気に色彩を解放します。
その口火を切ったのが《花ざかりの桃の木(マウフェの思い出)》です。
陽光に透ける花弁、風に揺れる草、そして画面左下に刻まれた献辞。
この一枚には、南仏でつかんだ“新しい眼差し”と、敬愛する画家への追悼が同居しています。
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春の空気まで塗り込んでる感じ、やばいね
だろ? 南仏に着いて筆が一斉に芽吹いたんだよ

《花ざかりの桃の木》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:花ざかりの桃の木(仏題 Souvenir de Mauve)
制作年・場所:1888年春、フランス・アルル
技法:油彩/カンヴァス
所蔵:クレラー=ミュラー美術館(オッテルロー)
通称・位置づけ:アルル初春の「果樹園」連作の一作

アルル初春の「果樹園」連作って他に何がある?
《白い果樹園》や《花咲く小さな梨の木》

アルルで迎えた最初の春――“果樹園”を連作にした理由
アルルに移ってまもなく、ゴッホは咲き競う果樹園に心を奪われます。
3月から4月にかけて、桃・杏・梨などを題材にしたキャンバスを次々に制作し、
一か月ほどでまとまった連作を形にしました。
《花ざかりの桃の木》は、その連作のなかでも最も早い時期の一枚と考えられ、
淡い空色と若草色が、南仏の澄んだ光を素直に受け止めています。

一気に16点ぐらい描いたって話、勢いすごすぎ
花は待ってくれないからさ。咲いたら即、描く!

タイトルに込めた思い――「マウフェの思い出」
画面左下には、フランス語で “Souvenir de Mauve(マウフェの思い出)” と記されます。
マウフェ(アントン・マウフェ)は若き日のゴッホを導いたオランダの画家。
彼の訃報を知ったゴッホは、この春に出会った最良の桃の木を
敬愛する師へのオマージュとして捧げました。
単なる風景に終わらず、記憶と敬意が作品の芯になっている点が、
この絵を特別なものにしています。

献辞があるだけで、空気がきゅっと引き締まるね
うん。師匠に手紙を出すみたいな、まっすぐな気持ちで書いたんだ

色と筆触――南仏の光を受けて生まれた“軽やかな厚み”
桃の樹は黒々とした輪郭でまとめ、花は淡桃から乳白、レモン色までを小刻みのタッチで重ねています。
地面には短いストロークを密に置き、春風に波立つ草のリズムを作りました。
遠景の葦色の柵や空の薄群青は、面の単純化と強い輪郭線という
当時ゴッホが学んでいた日本版画の構成感にも通じます。
厚塗りでありながら浮遊感が失われないのは、明度を上げた色選びと
ストロークの方向を細かく切り替える設計のためです。

花びらが盛り上がって見えるのに、全体は軽いんだよね
光の明るさに合わせて、絵具の重さを“軽く”してるんだ

手紙が語る“会心作”
アルルの春を知らせる手紙のなかで、ゴッホはこの桃の木がよく出来たと書き送っています。
陽の当たり方、風の動き、地面を走る影の帯――一日のうちの短い時間を
画面に留め置くことに成功したという実感があったのでしょう。
その自負は題名の献辞と呼応し、見る側にも穏やかな確信として届きます。

自分でも“手応えあった”って言えるの、かっこいい
うまくいった日は、キャンバスが光って見えるんだよ

連作の中での位置――桃・梨・杏が奏でる三重奏
同じ春にゴッホは《白い果樹園》や《花咲く小さな梨の木》も描いています。

ゴッホの《花咲く小さな梨の木》を解説!南仏の光とジャポニスム

ゴッホ《白い果樹園》を解説!春光がほどける瞬間を、線と白で編む
桃は温かみのある桃色の花弁で“芽吹きの歓喜”を、
梨は白い花と青みがかった影で“清冽さ”を、
杏はやわらかな黄と灰紫で“透明な早春”を分担させました。
《花ざかりの桃の木》はそのなかで、最もストレートに喜びを響かせる主旋律の役目です。

三つそろうと、春のハーモニーって感じ
そうそう。モティーフが違っても、季節の音は同じなんだ

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まとめ
《花ざかりの桃の木》は、アルルでの最初の春にゴッホがつかんだ
“光の言語”と、師マウフェへの敬意を同時に記録した一枚です。
連作の核として、そして個人的な記念碑として――
南仏の空気をそのまま運んでくるような清新さが、今も揺るぎません。

春の匂いまで届いたよ。保存したいわ
じゃあまた別の果樹園も見に行こうぜ。季節は待ってくれないから

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