画面いっぱいにうごめく無数の兵士、その頭上でぶつかり合うかのような夕日と三日月――。
アルブレヒト・アルトドルファーの《アレキサンダー大王の戦い》は、古代史の一場面を描いた歴史画でありながら、同時に「世界が終わる瞬間」を俯瞰しているかのような、強烈な風景画でもあります。
描かれているのは紀元前333年、マケドニア王アレキサンドロス3世(アレキサンダー大王)が、ペルシア王ダレイオス3世を破ったイッソスの戦いです。
しかしアルトドルファーは、甲冑や旗印を16世紀風にアレンジし、自分が生きた時代の大軍勢としてこの戦いを再構成しました。
歴史画・宗教画の背景だった「風景」を主役級まで押し上げた、北方ルネサンスならではの野心作です。
一枚なのに、映画何本分?ってくらい情報量あるよね
しかも空のドラマと歴史ドラマが同時進行してる感じがたまらないわ
《アレキサンダー大王の戦い》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

タイトル:アレキサンダー大王の戦い(イッソスの戦い)
作者:アルブレヒト・アルトドルファー
制作年:1529年
技法:油彩・板(パネル)
サイズ:約158.4 × 120.3 cm
所蔵:アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン)
主題:紀元前333年のイッソスの戦い(アレキサンダー vs ダレイオス3世)
板絵なのにこのサイズ感、そしてこの描き込み…
実物見たら絶対、近づいたり離れたりを何往復もするやつだね
<作者についての詳細はこちら>
・アルブレヒト・アルトドルファーを解説!風景画のパイオニアと代表作
アレキサンダー大王とイッソスの戦いを、おさらいしておく
作品をじっくり見る前に、まずはモチーフになった歴史を簡単に整理しておきます。
イッソスの戦いは、アレキサンダー大王が東方遠征の途中でペルシア王ダレイオス3世と激突した決戦です。
数で勝るペルシア軍に対し、アレキサンダーは精強な騎兵と練度の高い歩兵部隊で挑みました。
結果はアレキサンダー側の大勝利となり、ダレイオスは戦場から逃走します。
この勝利によってペルシア帝国は一気に劣勢に立たされ、ギリシア側が世界帝国の座へ歩を進める転換点となりました。
画面の左下寄り、白いマントの騎士がアレキサンダー、右上方向に逃げていく金色の戦車がダレイオスだとされています。
ただし甲冑も旗も16世紀のドイツ風なので、厳密な史実再現というより「現代の戦争に重ねた古代の戦い」という見せ方になっている点が重要です。
歴史画だけど、同時にアルトドルファーの“現代戦争もの”でもあるってことか
そうそう、自国の領主に向けた“勝利のイメージ”としても機能してるはずだよ
空から俯瞰する構図:戦場よりもまず「世界」が目に入る
この絵を見たとき、最初に目を奪われるのはどこでしょうか。
多くの人は、画面下の戦場ではなく、上半分を占める青い空と、地平線まで広がる山々・海の連なりに吸い寄せられると思います。
アルトドルファーは、戦場を真横からではなく「かなり高い位置からの俯瞰図」として描いています。
人間の目線ではありえない高さから、山脈、海、都市、城、キャンプ地、そしてその中央にうごめく大軍勢が、一望できる構図です。
この「ありえない視点」が、歴史の一場面を超えて、「世界全体を俯瞰する神の視点」のような印象を生み出しています。
画面上部には、ラテン語の説明文が書かれた大きなカルトゥーシュ(額縁状の札)が吊られており、その下に戦いの概要が示されています。
ストーリーを文字で説明しつつ、視線を空→大地→戦場へと誘導する仕掛けになっているのです。
視点がドローンどころか、衛星写真レベルなんだよな
それでいて兵士一人ひとりもちゃんと描いてるのが狂気レベル
終末の空:夕日と三日月が暗示する「世界の転換点」
空の表情は、この絵の雰囲気を決定づける重要な要素です。
左上には細い三日月、右側には雲を割って燃え上がるような夕日が描かれ、青からオレンジへと激しく色が切り替わっています。
この空は、単なる時間帯の描写にとどまりません。
「古い世界(ペルシア帝国)が沈み、新しい世界(アレキサンダーの帝国)が昇る」
そんな象徴的な意味が込められていると考えられます。
雲の渦はまるで天変地異の前ぶれのようで、人間同士の戦いを超えた「歴史的な転換点」としてのイッソスを視覚化しています。
アルトドルファーは、戦争画でありながら「空の表情」を通して、見る者にスケールの大きなドラマを感じさせようとしているのです。
空だけ切り取っても、独立した風景画として成立してるよね
しかも、“ただ綺麗”じゃなくて、なんか不安になる光なんだよね
兵士の海:数の多さで勝敗と混乱を描き分ける
画面下半分には、文字どおり「人の波」がうねるように描かれています。
赤や青、金の旗が乱立し、槍や長柄武器が密集するさまは、遠目には模様のように見えますが、近くで見ると一人ひとりがきちんと描き分けられていることに気づきます。
左側のアレキサンダー軍は比較的整然と隊列を保っているのに対し、右寄りのペルシア軍は隊列が崩れ、逃走する騎兵やひっくり返った戦車が目立ちます。
「どちらが優勢なのか」を、表情ではなく群衆の密度と動きで表現しているわけです。
また、甲冑や武器の描写はアルトドルファーの同時代(16世紀初頭)のものに寄せられており、当時の観客が見ても「自分たちと地続きの戦争」として感じられるよう工夫されています。
古代史を題材にしつつ、現代的な軍事情報や装備のリアリティを入れ込んでいる点も、この作品の面白さです。
パッと見ただけで“勝ってる側”“負けてる側”が分かるの、構図めちゃくちゃうまいよね
色も効いてるよね。アレキサンダー側の赤が、画面のリズムを作ってる
風景画のパイオニアとしてのアルトドルファー
アルトドルファーは、ドナウ川流域で活動した「ドナウ派」と呼ばれる画家たちの中心人物です。
彼らは、それまで宗教画や歴史画の「背景」として扱われてきた自然の風景を、そのものとして強く意識し始めた画家たちでした。
アルトドルファー自身も、城や森、山岳風景を主役にした作品を多く残しています。
《アレキサンダー大王の戦い》でも、構図の中心にあるのは実は「山と海が広がる風景」です。
戦いの舞台は小アジアのイッソスですが、描かれている地形はアルトドルファーの住むドナウ周辺の風景をベースにしていると言われます。
つまりこの作品は、古代オリエントの歴史物語を借りて、自分の愛する「ドナウの世界」を壮大なスケールで描き出した風景画でもあるのです。
近代的な意味での「純粋風景画」が生まれる少し前、歴史画と風景画の境界を押し広げた一枚として、この作品はとても重要な位置を占めています。
“歴史画のふりをした風景画”って言ってもいいかもしれないね
依頼主的には“英雄の勝利”がテーマだったんだろうけど、作者の本命は絶対こっちだよね
おすすめ書籍
このサイトの参考にもさせて頂いている本を紹介します。
まとめ:一枚で「古代史+戦争+宇宙規模の風景」を味わう絵
《アレキサンダー大王の戦い》は、古代史のターニングポイント16世紀ヨーロッパの軍事感覚そしてドナウ地方の壮大な自然この三つを一枚に重ねた、非常に欲張りな作品です。
空から足元までびっしり描き込むことで、アルトドルファーは「人間の戦いなど、世界全体の営みのごく一部にすぎない」という感覚も同時に伝えています。
遠くの地平線まで伸びる風景と、手前で渦巻く人間の群れの対比を眺めていると、歴史のスケールと個人の小ささについて、自然と考えさせられるのではないでしょうか。
スクロールしても終わらないSNSのタイムラインみたいに、情報が詰まりまくってるけど、ちゃんとまとまってるのがすごい
うん、この一枚だけで“ヒストリー”“バトル”“ランドスケープ”全部味わえるから、美術館で見かけたら必ず時間を多めに確保したい作品だね


