ジュゼッペ・アルチンボルドの《夏》を解説！果物と野菜でできた横顔

ジュゼッペ・アルチンボルドの《夏》は、横向きの人物像がすべて果物と野菜、そして麦で構成された、一度見たら忘れられない作品です。
頬は熟れた桃、鼻はきゅうり、唇はさくらんぼ、髪の毛はぶどうやさまざまな木の実。
首元から肩にかけては小麦で編まれた「麦わらの服」になっていて、その繊維一本一本まで描き込まれています。

奇抜なアイデアばかりに目がいきますが、この作品は単なるジョークではありません。
ハプスブルク家の皇帝マクシミリアン2世やルドルフ2世の宮廷で制作された《四季》シリーズの一枚として、帝国の豊穣と秩序をたたえる、かなり本気度の高い「寓意肖像」なのです。

《夏》

まずは簡単に作品の情報を紹介します。

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ジュゼッペ・アルチンボルドを解説！奇想と教養が詰まった宮廷画家

四季シリーズの中の《夏》

アルチンボルドはミラノで活動を始め、やがて神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世とその息子ルドルフ2世に仕える宮廷画家になりました。
祝祭の仮装やパレードの演出、舞台装置の設計、紋章デザインなど、いわば宮廷のアートディレクター的な仕事を幅広くこなし、その中で生まれたのが《四季》と《四大元素》の連作です。

最初の四季シリーズは1563年に制作され、皇帝に献上されたことが記録に残っています。
その後、諸侯への贈り物や別の宮廷用として複数のバージョンがつくられ、1573年のルーヴル本は、ザクセン選帝侯アウグストに贈るために整えられた一組と結びつけて語られます。

《夏》は、その連作の中で「実りのピーク」を担う存在です。

《春》が花でできた若い女性像なのに対して、《夏》は果物と野菜で満ちた、より成熟した女性像として描かれ、秋・冬へと移り変わる季節の中で、豊穣が最高潮に達している状態を象徴しています。

果物と麦で組み立てられた「夏」の横顔を細かく見る

画面左側に、右向きの横顔として表れた《夏》の人物は、一歩離れて見るとちゃんと人間の肖像ですが、近づいていくと細部がすべて農産物の寄せ集めだとわかります。

額から頭頂部にかけてはぶどうやさくらんぼ、ナシ、葉付きの枝などが密集し、夏の畑や果樹園の盛りをそのまま頭にのせたような状態です。
髪飾りのように混ざっているのは、麦の穂やその他の穀物で、夏の収穫シーズンを強く意識させます。

顔のパーツもすべて夏の実りです。
丸い頬は桃やリンゴでふっくらと表現され、鼻はやや曲がったきゅうり、耳はつややかなナス、眉は麦の穂が弓なりに配置されています。
口元は赤いさくらんぼが並び、上唇と飾りの両方を兼ねる形になっていて、ほんの少し笑みを浮かべているようにも見えます。

首から下の衣服は、細かい麦の穂を束ねた「麦わらのドレス」です。
胸元の襟にあたる部分には、麦の繊維でアルチンボルドの署名「GIUSEPPE ARCIMBOLDO F」が織り込まれ、その下には制作年を示す「1573」の数字が刻まれています。
このさりげないサインは、農作物が豊かに実っているという主題と、画家自身の発明的センスを同時にアピールする工夫といえます。

また、胸の前にはアーティチョークが突き出すように配置されており、ブローチや装飾のような役割を担っています。
全体を囲む花と葉のフレームは、ペンダントや額縁のように画面を引き締め、人物を「四季シリーズの一枚」として他の季節と並べて展示することを想定したデザインだと考えられます。

アルチンボルドが見せた「夏の豊穣」と「帝国の豊穣」

《夏》は、単に季節を擬人化しただけでなく、ハプスブルク帝国の豊かさを視覚的に示す役目も持っていました。

顔や衣服に使われている作物の多くは、当時の中央ヨーロッパで実際に栽培されていたものです。
一方で、ナスやトウモロコシのように、当時としてはまだ珍しかった新大陸原産の作物も含まれていることが指摘されています。
これは、帝国の交易ネットワークと富の広がりを暗示する要素として読み取ることができます。

四季シリーズと対応する《四大元素》では、「夏」は「火」と組み合わされます。
夏の強い日差しと、成長と収穫をもたらす力は、火のエネルギーと重ねられ、皇帝が宇宙の秩序を調停し、自然界の力を支配しているという寓意へとつながります。

つまり《夏》は、
「気候が穏やかで作物がよく実る国」
「遠方からの珍しい作物も集まる豊かな宮廷」
「自然界のリズムを掌握する統治者」
といったイメージを一枚でまとめて伝える、非常に効率の良いプロパガンダ絵画でもあったわけです。

20世紀に再評価された「遊び心と知性のハイブリッド」

アルチンボルドのこうした複合頭像は、彼の死後しばらくのあいだは「悪ふざけの絵」と見なされて忘れられていました。
本格的に再評価が始まるのは19世紀末から20世紀初頭で、とくにシュールレアリストたちは、自分たちのイメージ操作と通じるものを感じてアルチンボルドを熱心に称賛しました。

現在では、《夏》のような作品は、ルネサンス後期の博物学的関心、宮廷文化のユーモアと知的遊戯、現代のシュールな感覚につながる視覚トリックをまとめて体現したものとして、美術史の中で特別な位置を占めています。

一見するとSNS映えする「面白い絵」ですが、その背景にある歴史や教養を知るほど、アルチンボルドの計算された構成力と観察力のすごさが見えてきます。

おすすめ書籍

このサイトの参考にもさせて頂いている本を紹介します。

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まとめ｜《夏》は、実りの季節と帝国の自信を一枚に閉じ込めた肖像画

アルチンボルド《夏》は、果物と野菜で組み立てた奇想の横顔であり、四季シリーズの中で豊穣のピークを象徴する役割をもち、その背後にはハプスブルク帝国の富と教養をアピールする意図が潜んでいる作品です。

麦で織られた服に自分の署名と年号を忍ばせる遊び心や、実在の作物を細密に描き分ける観察眼など、画家としての技量とユーモアがぎゅっと凝縮されています。
ただの「変な顔」で終わらせるにはもったいない一枚なので、実物に出会ったときには、ぜひ顔全体とパーツ一つひとつを行き来しながら眺めてみてください。
きっと、夏の匂いとともに、16世紀宮廷の空気まで立ち上がってくるはずです。