ジュゼッペ・アルチンボルドの《冬》は、ひと目見ただけで忘れられないインパクトを持つ作品です。
顔も首も髪の毛も、すべてが一本の木の幹と枝でできた老人の横顔として描かれており、その表情はどこか不機嫌そうで、寒さにじっと耐えているようにも見えます。
他の季節が、花や果物、実り豊かな作物で構成されているのに対して、《冬》だけはほとんど枯れ木とわずかな常緑の葉、そして胸元にぶら下がる柑橘の実だけというストイックな構成です。
アルチンボルドは、自然が眠りにつく季節を「生命がぎりぎりのところで踏ん張っている姿」として捉え、そのイメージをユーモラスかつ少し不気味な肖像画に仕立てました。
他の季節が“ごちそう顔”なのに、《冬》だけ木の根っこじいさんっていうギャップがすごい。
そうなんだよね。でも、この渋さがシリーズをキリッと締めてくれてる感じがあって好き。
《冬》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:冬
作者:ジュゼッペ・アルチンボルド
制作年:1573年
技法:油彩/カンヴァス
サイズ:約76 × 64cm
所蔵:ルーヴル美術館(パリ)。《四季》4点が揃うセットの一枚。
連作:四連作《四季》のひとつで、対応する連作《四大元素》では「水」と組み合わされる
ちゃんと他の季節とサイズも技法もそろえてあるの、シリーズ作品って感じでいいね。
うん。フォーマットを揃えて、その中で季節ごとの性格を振り切ってるのがアルチンボルドっぽい。
<作者についての詳細はこちら>
ジュゼッペ・アルチンボルドを解説!奇想と教養が詰まった宮廷画家
アルチンボルドと《四季》シリーズのなかの《冬》
アルチンボルドはミラノで生まれ、やがてウィーンやプラハでハプスブルク家の宮廷画家として活動しました。
皇帝フェルディナント1世、マクシミリアン2世、ルドルフ2世のもとで、肖像画だけでなく祝祭の演出や仮装行列、舞台装置のデザインまで手がけた、非常にクリエイティブな存在です。
《四季》シリーズは、その宮廷で最も人気を博した連作のひとつです。
最初のセットは1560年代に制作され、マクシミリアン2世に献上されました。
現在ルーヴルにある四枚組は、1573年頃に皇帝がザクセン選帝侯アウグストに贈るために用意したセットと考えられており、花の額縁で統一されているのが特徴です。
「春・夏・秋」が次々と実りと彩りを増していくのに対して、「冬」は自然がいったん姿を潜めるタイミングを表します。
同時に、人間の人生にたとえると老年期にあたり、経験を積んだ落ち着きと、身体の衰えの両方を抱えた段階です
アルチンボルドは、その「老い」と「季節の終わり」を、一本の老木のイメージにギュッと凝縮し、《四季》全体の締めくくりとして配置しました。
連作の最後が、この枯れ木じいさんっていうのがまたいいよね。
うん、単品でも味があるけど、春から順番に見てきて最後にこの顔に会うと“ここまで来たか…”って感じがする。
一本の木からできた老人像|《冬》の造形をくわしく見る
《冬》の人物は左向きの横顔で、顔そのものがごつごつした木の幹になっています。
ひび割れた樹皮の表情が、そのまましわだらけの肌を思わせ、こぶのような瘤は老人のいぼやたるみを連想させます。
鼻は折れ曲がった太い枝、耳は途中で折られた枝の切り株です。
目の部分は、木の裂け目の暗がりがそのまま瞳孔のように見えるよう配置されており、少し険しいまなざしをしているように感じられます。
口元をよく見ると、白と茶色のきのこが二つ重ねられており、上下の唇を形作っています。
その周囲からは細い枝や根がひげのように伸び、ところどころ苔や小さな根が絡みついて、寒さと乾燥で弱った髭面を思わせます。
頭頂部では、葉を落とした枝が入り組んで髪の毛のように伸び、ところどころに常緑のツタが残っています。
このわずかな緑が、冬のあいだもかろうじて生命をつなぐ植物のたくましさを象徴しているようです。
首から下は、藁で編んだようなマントに包まれており、その表面には大きな「M」の文字と紋章が織り込まれています。
この「M」はマクシミリアン2世を示し、紋章モチーフには金羊毛騎士団を連想させる意匠が含まれていると解釈されています。
つまり《冬》の老人は、単なる季節の擬人化であると同時に、皇帝へのオマージュを含んだ肖像的存在でもあったわけです。
胸のあたりから伸びる小枝には、レモンとオレンジがぶら下がっています。
柑橘は冬でも実をつける代表的な果物であり、寒い季節のわずかな彩りとビタミン源を象徴します。
アルチンボルドはここにだけ鮮やかな色を置くことで、暗く冷たい画面のなかに小さな生命力の火を灯しているように見えます。
口がキノコって聞いた瞬間から、もう真顔で見られなくなった。
でも、ちゃんと老人の口元に見えるのがすごいよね。樹皮のしわも、人体のしわにしか見えなくなってくる。
冬=老年期という寓意と、ハプスブルク帝国のメッセージ
四季を人の一生になぞらえる考え方は、ヨーロッパの文学や思想でよく見られるモチーフです。



春が幼年期、夏が青年期、秋が成熟した壮年期、冬が老年期に対応し、最後には再び春が訪れて循環するというイメージです。
アルチンボルドの《冬》も、この伝統にしっかり結びついています。
枯れ木の老人は、肉体的には衰えているものの、長い時間を生き延びた経験としぶとさを備えた存在です。
わずかに残る緑の葉や柑橘の実は、「完全な終わり」ではなく、「次の春へのつなぎ」としての冬を象徴しているとも読めます。
また、《四季》と対応する《四大元素》では、《冬》は「水(Water)」と組み合わされています。
冷たさ、氷や雪、冬のしめった空気といったイメージが水の元素と重なり、自然界のリズムと宇宙の構造が、皇帝の支配する秩序のなかで調和しているというメッセージが生まれます。
こうした象徴のレイヤーを重ねながらも、アルチンボルドの筆致はどこかユーモラスです。
あまりにもデフォルメされた鼻や口元は、見る人の笑いを誘い、宮廷の宴席では話題の中心になったと想像できます。
深刻な寓意と、いたずら心のある造形が同居していることこそ、《冬》を含む四季シリーズの最大の魅力と言ってよいでしょう。
老いとか死とか、結構重いテーマ扱ってるはずなのに、見てるとついクスッとしちゃうのがいいよね。
うん。“深刻になりすぎない知性”みたいなのが、アルチンボルドの良さだなって思う。
おすすめ書籍
このサイトの参考にもさせて頂いている本を紹介します。
まとめ
アルチンボルド《冬》は、
・一本の枯れ木からできた老人の横顔として、冬の寒さと静けさを凝縮し
・柑橘や常緑の葉で「生命の残り火」をにじませ
・《四季》《四大元素》という二つの連作の中で、老年期と水の元素を象徴する役割を担っています。
他の季節のような派手さはないものの、その分だけ構成がそぎ落とされていて、アルチンボルドの発想力と観察眼がストレートに伝わってきます。
春から順に四枚を見ていくと、《冬》の渋さと余韻の強さが際立ち、「自然も人生もここでいったんクローズして、また新しいサイクルが始まるのだ」と感じさせてくれます。
もしルーヴルで《四季》が並んでいるのを目にする機会があれば、最後の一枚《冬》の前で少し長く立ち止まってみてください。
そこには、16世紀宮廷の知的な遊び心と、自然に対するまなざし、そして老いと再生への静かなまなざしが詰まっています。
四季全部の中で、一番じわじわ好きになっていくのが《冬》かもしれない。
わかる。派手さはないけど、最後にこの顔を思い出しちゃうあたり、シリーズの締め担当として完璧だね。

