サン=レミの療養院を出たフィンセント・ファン・ゴッホは、1890年5月にオーヴェール=シュル=オワーズへ移り住みます。着いて間もなく、彼は村の斜面に続く素朴な家々へ筆を向けました。本作《農家》は、黄緑の茅葺き屋根と白い壁、行き交う人の気配を、のびやかなタッチと輪郭線でつかまえた一枚です。装飾性よりも「住まうこと」の手触りに寄り添い、画家がずっと愛してきた農民の住まいへのまなざしが静かに宿っています。
「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で来日する作品です。
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空の面積デカいのに、窮屈じゃないの不思議
余白を“空気”で満たすと、広さが勝手に立ち上がるんだよ
《農家》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作者:フィンセント・ファン・ゴッホ
タイトル:農家 / Farmhouse
制作年・場所:1890年5–6月、オーヴェール=シュル=オワーズ
技法:油彩・カンヴァス
サイズ:38.9 × 46.4 cm
所蔵:ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)
到着してすぐこの密度、制作エンジン全開だわ
うん。新しい土地の呼吸を、最初に建物で測るのが好きなんだ
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オーヴェール到着後の最初期に描かれた風景
オーヴェールに着いたゴッホは、畑や屋根、村筋のカーブといった“土地の骨格”を集中的に描き始めます。《農家》はその最初期に位置づけられる作例で、療養生活から制作生活へのリズムを取り戻す過程が、迷いのない筆の速度に表れています。茅葺き屋根の丸みや敷地の起伏は、遠近法を厳密に測るよりも、歩いて体に入れた勾配の感覚で描きとめられています。
歩幅で測った遠近って、画面が呼吸してる
紙の上で計算より、まず足で覚える派だからね
茅葺き屋根と白い壁――色と構図の要
画面を占めるのは、やわらかい黄緑の茅葺き屋根と、光を跳ね返す白壁です。屋根の色は単一ではなく、黄・緑・青緑のストロークを重ねて湿り気や古びた質感を出しています。白壁は完全な白ではなく、わずかな灰や薄緑を含ませ、周囲の植栽の反射光を受けるように調整されています。斜面に沿って家並みが折れ曲がり、屋根の稜線が画面を横切ることで、コンパクトな画面に奥行きとリズムが生まれています。
白壁が“真っ白じゃない”のが効いてる
光の色は一色じゃない。混ざり合うのが自然なんだ
生活の気配を添える小さな人物
前庭の小道には、黒や藍でまとめた人物がさりげなく置かれています。顔の描き込みは最小限ですが、姿勢や衣服のボリュームで所作が伝わるため、家が“風景”で終わらず“生活”として立ち上がります。ゴッホが長く関心を向けてきた農民の住まいへの共感が、派手なエピソードに頼らず、画面のなかで淡く持続しています。
人が入るだけで温度が上がるね
家は人がいてこそ“家”になるから
線描とタッチ――輪郭でまとめ、面で呼吸させる
黒~藍の輪郭線で主要な形をまとめ、屋根や地面には短いストロークを重ねる。ゴッホがオーヴェール期に多用した“輪郭で結び、色面で震わせる”語法がここでも見られます。屋根の厚塗りは穏やかで、サン=レミ後期の激しい渦線よりも、生活のリズムに寄り添う静かな運動へと落ち着いています。
線が骨で、ストロークが筋肉って感じ
そうそう。輪郭で形を立てて、塗りで鼓動を乗せる
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まとめ
《農家》は、画家が憧れた“素朴な住まい”への共感と、オーヴェールという土地の時間の流れを一枚に封じています。近代化が進む時代にあっても、茅葺き屋根の家は村の記憶をつなぐ場であり、ゴッホはその静けさを尊重するように描きました。劇的な物語を排し、暮らしの温度だけをそっと差し出す――その態度こそ、晩年の彼の感性を最も誠実に伝える要素と言えるでしょう。
派手じゃないのに、見終わると残る
静かな絵ほど、あとから効いてくるんだ
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