鏡の前に立つゴッホが、イーゼルに向かい、左手にパレット、右手に複数の筆。
青い作業着の上に、オレンジ色の髭が燃えるように浮かび上がり、目はまっすぐにこちらを射抜きます。
《画家としての自画像》は、パリ滞在末期に描かれた代表的なセルフポートレート。
“画家であること”そのものをテーマに、道具・姿勢・色彩で職能を語り切った、自己紹介の決定版です。
「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で来日する作品です。
【生涯を知りたい方はこちらがおすすめ】
・ゴッホの人生を年表で徹底解説!作品と出来事からたどる波乱の生涯

名刺代わりって感じだね。『オレは描く人です』って一瞬で伝わる。
そうそう。顔だけじゃなく“仕事の手”まで写すことでプロ宣言してるんだ。

《画家としての自画像》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:《画家としての自画像》
制作年・場所:1887(12月)–1888年(2月)、パリ(パリ期の掉尾を飾る自画像)
技法:油彩・カンヴァス
サイズ:約65×50cm(中判)
所蔵:ファン・ゴッホ美術館/アムステルダム
ポイント:印象派・新印象派の影響が濃く、黒を避けた明るいパレット、短く素早い筆触
パリ滞在の末期、南仏アルルへ向かう直前に制作された自画像です。
パリ時代だけでゴッホはおよそ28点の自画像を残しましたが、その中でも特に知名度が高い一枚として語られます。
都会風の洒落た装いではなく、作業着のような衣服を身につけ、左手(鏡越しに描いているため左右が反転)には色の乗ったパレットと数本の筆をしっかり握る姿。
イーゼルを見据える視線には決意がにじみ、画家としての自負がはっきり表れています。
また、弟テオの妻ヨハンナは、多数ある自画像の中でも「もっともヴィンセント本人の印象に近い」と評価した作品として知られています。

場所も年もハッキリしてきてうれしい
パリ締めくくりの一枚って覚えておくと、他の自画像との流れが見やすいよ。

制作背景|パリで学んだ“明るい絵具”と自己プロデュース
1886年からのパリ滞在で、ゴッホはモネやピサロらの作品、セザンヌやスーラの新しい筆触に触れ、
暗い土色中心のパレットを高明度・高彩度へ切り替えました。
同時に、彼は自分の顔を実験台にします。モデル代が要らず、最新の色とタッチを即実演できるからです。
本作では、顔の影にも青や緑を混ぜ、髭のオレンジを強く立てることで、
「光を色で作る」というパリで得た方法を、自分の看板に仕立てています。

自分の顔で研究しまくってたんだね。
うん。しかも単なる練習じゃなくて“売り込み用のポートレート”にもしてるのが上手い。

構図とポーズ|イーゼルを入れて“職能”を見せる
三分の四正面の胸像。右端にイーゼルの縁を画面ごと入れ込み、
左手のパレット&筆束を手前に突き出して、視線を確実に掴みます。
肩から肘への斜線と、イーゼルの垂直が直角のフレームを作り、画面を安定させる。
その中で視線だけは揺るがず、観者の位置を射抜き続けます。
“顔+道具+制作の瞬間”を一画面に凝縮することで、職業肖像としての説得力が生まれました。

筆いっぱい握ってるの、テンション上がる。
あれは演出。『材料も技も揃ってるよ』って見せるプロのポーズだね。

色彩と筆致|青とオレンジの補色、点描気味のストローク
ジャケットの青と髭・肌のオレンジは補色関係。互いを押し上げ、
顔の表情を強く、衣服を冷たく見せるコントラストを作ります。
背景は灰青〜薄緑の短いストロークで、セザンヌやスーラ経由の分割筆触が効く。
パレットの上には、レモンイエロー、カドミウム系の赤橙、コバルト系の青、リーフグリーン……
黒に頼らず明度差で形を立てる“パリ仕様”の絵具が、そのまま作風の証拠になっています。

青×オレンジって、こんなに顔が浮き立つんだ。
補色の教科書。しかも厚塗りの凹凸が、呼吸みたいにリズムを作ってる。

何を語る自画像か|“苦悩の芸術家”ではなく“働く職人”
この顔つきは、悲劇のポーズではありません。
皺の刻みや目の赤みは隠さないが、視線は冷静で、手は仕事の手。
ゴッホはここで、自分を労働者=職人として提示しています。
後年の《包帯をした自画像》のドラマ性とは対照的に、
本作は制作の現場を切り取った、現実的で前向きな自己像です。

“天才の苦悩”じゃなくて“今日も働く”の顔だ。
それ。それが好きでゴッホを推してる人、けっこう多いんだ。

系譜の中での位置づけ|パリの掉尾、アルルへの橋渡し
パリでは《麦わら帽子の自画像》《灰色のフェルト帽の自画像》など、
光の拾い方や筆触を試すセルフポートレートが続きました。
その終盤に置かれるのがこの《画家としての自画像》。
ここで確立した明るいパレットと補色の効かせ方が、
翌1888年のアルルで《ひまわり》《黄色い家》へと一気に開花していきます。

この青とオレンジ、アルルの空と屋根の準備運動みたい。
鋭い。自画像で掴んだ方法が、南仏で全開になる流れさ。

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まとめ|“方法を顔で語る”セルフブランディング
《画家としての自画像》は、自己の外見を描くだけでなく、
パレット=作風、ポーズ=職能、視線=覚悟を同時に提示した、稀有なセルフブランディングです。
パリで身につけた色と筆致を最短距離で証明し、次の舞台へ踏み出すための表明書。
見れば見るほど、ここからアルルの傑作群へつながる道筋がクリアになります。
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“始まる前の静けさ”って感じ。ここから爆発するんだね。
うん。この一枚でスイッチが入った。あとは南仏でアクセル全開だよ。
