大股で畑を横切る男が、手から種を放りながら進んでいきます。
背後では牛が鋤を引き、空には淡い光がゆっくりと広がる。
ゴッホの《種まく人(ミレーによる)》は、ジャン=フランソワ・ミレーの名画《種まく人》を手本に、モノクロの版画情報を色で翻訳した再解釈作です。
同じ主題でも、ゴッホは黒い陰影に頼らず、青系の衣と冷たい地面、そこに混ざる黄や赤の粒子で、真っ只中の“動き”と“時間”を描き出しました。
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ミレーの作品のカバーみたいなことかな?
そうだね!そんな感じ!

《種まく人(ミレーによる)》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

- 作品名:《種まく人(ミレーによる)》
- 参照元:ジャン=フランソワ・ミレー《種まく人》(19世紀半ば)
- 制作:1889年ごろ、サン=レミ療養所期
- 技法:油彩・カンヴァス
- 参照資料:ミレー作品の白黒版画(複製)を中心に使用
- 備考:同主題の再解釈が複数ヴァージョン存在(図版・所蔵は時期により異なる)

サン=レミ療養所期の作品なんだね。
そうだね。この時期には他にもミレーの作品を参照した作品があるよ。

ゴッホ《昼、休息(ミレーによる)》を解説! 自分らしさがでる名画
制作背景|ミレーへの敬意を“色の言語”で受け継ぐ

サン=レミ療養所に入っていたゴッホは、体調を見ながら先人の版画を手元に置き、明暗の階段を色相と明度の関係に置き換える練習を重ねました。
敬愛するミレーは、農民の労働と祈りを崇高に描いた画家。ゴッホはその精神を、南仏の光と自分の筆致で“現在形”に言い換えます。

アルル時代の《日没の種まく人》に比べ、サン=レミの再解釈は色面とストロークの粒立ちが前に出て、画面の呼吸がより静かで深いのが特徴です。

色合いで印象変わるね。
そうだね。本作の方がゴッホらしさが出ているよね。

構図の見どころ|斜めのリズムが歩幅を作る

画面の手前から奥へ、畝の斜めが強く走り、人物の大股のステップと同期します。
投げ出された右手と、腰の袋に添えた左手が対角線をつくり、視線は手→足→地面のタッチへと循環。
遠景では牛と鋤がゆっくり進み、近景の素早い動作と時間差を生みます。
こうして、静止画の中に“播種(はしゅ)の連続動作”が立ち上がります。

牛と人間の動きの対比は気づかなかった!
絵画って奥が深いよな。

色彩設計|青の衣、冷たい地面、光の粒子
この版では人物を青系で統一し、地面の青紫と呼応させています。
そこに黄や赤の点描的な粒子が散り、種や土の反射、冬枯れの草の色が混ざり合う。
空は黄緑に薄い青が重なり、黒を避けた明度の差だけで距離と時間帯(朝夕の柔らかい光)を示します。
結果、ミレーの重厚な陰影とは違う、澄んだ温度の世界が生まれます。

作者によってこうも印象が変わるものなのか。
漫画家によってキャラの印象が変わるみたいなもんかな。

筆致と質感|“手の速度”で土と空気を描く
地面は短い斜めハッチの反復で、ざらつく土の手触りを出しています。
反対に空は、軽いカーブの小さなタッチが呼吸の揺れのように連なり、乾いた空気が遠くまで続く感じがします。
人物の輪郭には淡い縁取りが入り、浮世絵的なクロワゾネ風の処理で色面をやわらかく抱えます。
近寄ればタッチがリズムに、離れれば色の和音に見える——その二段構えがゴッホの強みです。

ゴッホは浮世絵の影響をもろに受けているんだもんね!
そうだね。ジャポニズムの影響うけまくりだね。

ミレー版との違い|明暗法から“色相法”への転換

ミレーの《種まく人》は、土色と強い明暗がつくる厳粛な量感が核でした。

ゴッホは構図を尊重しつつ、黒の陰影をほぼ使わず、青×黄(+補色の赤紫)の衝突で奥行きと感情を出します。
農夫は象徴的人物であると同時に、歩幅を刻む現代の身体として現れ、画面の中を実感的に移動していきます。

なるほど!それぞれにこだわりがあるんだね!
どっちもすばらしいよな。

もうひとつの読み方|“種=未来の時間”
ゴッホにとって《種まく人》は、若い頃に親しんだ新約の寓話を含むモチーフでもありました。
ただし説教臭くはありません。画面上では、手から弧を描いて落ちる粒と、遠景で繰り返される労働の運動が呼応し、季節の循環としての希望が滲みます。
“今日の一歩が、来季の収穫をつくる”。色とストロークが、そんな時間のスケールを静かに語っています。

ゴッホの人生の経験は何処を切り取ってもアートの引き出しになっているんだね。
なかなか言い事言うな。

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まとめ|“模写”ではなく、色による更新
《種まく人(ミレーによる)》は、敬愛するミレーの構図を出発点に、色と筆致で意味を更新したゴッホの到達点です。
黒の陰影を封印し、青と黄の響きだけで歩幅と希望を描く。
その選択が、農民の仕事を普遍的な物語へ押し上げ、私たちの今日にも効く絵になっています。
次に見るときは、歩幅のテンポに合わせてスクロールをゆっくり。
画面の中で、種が落ちる音がかすかに聞こえてくるはずです。
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