ゴッホの《ひまわり》は“1枚の名画”ではなく、複数作から成る連作です。なかでもアルル時代の花瓶版は、世界各地に散らばる計7作品(うち1点は戦災で焼失、1点は個人蔵)。本記事では、制作順(時系列)→各作の特徴→見分けのコツ→鑑賞のポイントの順で、初めての方でも迷わず全体像がつかめるように解説します。

まず“地図”を頭に入れる作戦ね。
うん。順番がわかると、個別の違いもスッと入るよ。

なぜ《ひまわり》を見るなら「時系列」なのか
《ひまわり》は短期間の集中制作と翌年の再制作(リピート)でできています。とくに1888年8月に一気に4作が生まれ、その後、1888年末~1889年初頭に東京の1作、1889年1月に2作が続きます。順番を押さえると、色・筆致・構図の微妙な変化が自然に見えてきます。

短期間に沢山描いたんだね
うん。ゴッホは短命だけど沢山の作品を残したよ。

《ひまわり》7作品・制作順リスト
# | 制作時期(推定含む) | 所蔵先 / 状態 | 本数 / 背景 | ひと言メモ |
---|---|---|---|---|
1 | 1888年8月 | 個人蔵(非公開) | 15輪系/色相は黄系(諸説) | 最初期の大画面版。情報は限定的 |
2 | 1888年8月 | 焼失(芦屋・1945) | 5輪+卓上に数輪/青系背景 | 写真記録が残る“幻の《ひまわり》” |
3 | 1888年8月 | ミュンヘン・新絵画館 | 12輪/青~緑寄り背景 | 補色対比が鮮烈、サイズ30号級 |
4 | 1888年8月 | ロンドン・ナショナルギャラリー | 15輪/全面イエロー | “黄の場×黄の花”という決定的構成 |
5 | 1888年末~1889年初 | 東京・SOMPO美術館 | 15輪/黄~黄緑系 | ロンドン構図を踏まえる。制作月は研究上の揺れあり |
6 | 1889年1月 | フィラデルフィア美術館 | 12輪/青~緑寄り | ミュンヘン作の再制作(同サイズ) |
7 | 1889年1月 | アムステルダム・ファン・ゴッホ美術館 | 15輪/イエロー | ロンドン作の再制作。縁の増補が話題に |

作品を見せんかい。
これから各作品に焦点を当ててみていこう。

各作品を制作順にやさしく解説
1) 個人蔵(非公開)|1888年8月

《ひまわり》大画面シリーズのスタート地点。資料が限られ、展覧会でもまず拝めませんが、のちの変奏(12輪/15輪、背景差)を予告する重要作です。
見るポイント:のちの代表作(ロンドン・東京・アムステルダム)で確立する「黄の場に黄の花」という思想は、この頃にはもう芽を出しています。
【解説記事】
・ゴッホの1作目の《ひまわり》を解説!個人蔵だが魅力的な名画の先駆け

非公開の作品なんだね。
連作って、最初期に“設計の芯”が隠れてること多いんだ。

2) 焼失作(山本顧彌太旧蔵)|1888年8月

《五輪のひまわり》として知られる1作。青い背景に花瓶+卓上の数輪という構成で、記録写真から構図が伝わります。戦災で失われたため、“記憶の中の《ひまわり》”として語り継がれます。
見るポイント:黄と青の補色が強く、後年の黄一色画面と対照的。シリーズの幅の広さがわかります。
【解説記事】
・ゴッホ2作目の《ひまわり(五輪)》完全解説!そして戦火で消えた名作

見られないのに“確かにあった”って、切ないね。
それでも系列の中で意味を持ち続けるのが、名作の系譜。

3) ミュンヘン・ノイエ・ピナコテーク《十二輪》|1888年8月

12輪 × 青~緑寄り背景。黄の花が前へ“ポン”と飛び出す効果が強いタイプです。丸(花頭)と楕円(花瓶)の配置リズムがクリアで、黄/青緑の呼応が画面の心拍数を上げます。
見るポイント:黒に頼らず、寒色で影をつくる“パリ仕込み”が全開。花の向きの段差でリズムを刻むのも◎。
【解説記事】
・ゴッホの3作目の《ひまわり(12輪)》を解説!ミュンヘンの名画

寒色背景だと、ひまわりの黄がギュン!て出るね。
補色の“鳴らし方”がキレてる一本だよ。

4) ロンドン・ナショナルギャラリー《十五輪》|1888年8月

「黄の場 × 黄の花」という《ひまわり》の核心がもっともわかりやすく現れた作品。画面全体が光源のように見える設計で、花・花瓶・背景が黄の階調で統一されています。
見るポイント:黄の中に点在する青・緑・紫の“休符色”を探すと、目が休まり、画面が立体化します。

黄色まみれなのに、見疲れしない理由がわかった!
休符があるから、長い黄色も音楽になるんだ。

5) 東京・SOMPO美術館《十五輪》|1888年末~89年初

ロンドン作(#4)の構図を踏まえた自筆ヴァージョン。背景は黄~黄緑寄りで、筆触のスピード感や色の“鳴り”に個性があります。制作時期は1888年末か、1889年初かで研究上の議論が残ります。
見るポイント:署名の位置や縁の扱いにも注目。ロンドンとの“似て非なる”呼吸が伝わります。

同じ十五輪でも、空気の色がちょっと違うのが面白い。
“再演”じゃなく“再設計”。そこが肝だね。

6) フィラデルフィア美術館《十二輪》(再制作)|1889年1月

ミュンヘン作(#3)のリピート。同サイズでの再制作は、ゴッホ自身が構図と明度をもう一度、最良化したい意思の表れ。寒色背景×黄のコントラストが、より整理されて感じられます。
見るポイント:花頭のストロークの向きと種のざらつき。近寄ると“触覚の絵”です。

再制作って“コピー”じゃないんだね。
うん、演奏で言う“テンポ違いの別テイク”みたいなもの。

7) アムステルダム・ファン・ゴッホ美術館《十五輪》(再制作)|1889年1月

ロンドン作(#4)の再制作。上縁の増補が知られ、画面の“呼吸”を微調整しているのが見どころ。黄の階調設計が緻密で、花瓶の楕円の安定が画面を支えます。
見るポイント:輪郭の強弱と黄の層。離れて全体→近づいて絵肌→また離れる、の三段鑑賞が効きます。
レゴにもなっています。

“黄だけで立体”ってほんと魔法。
明度設計ががっちりしてるから、時間にも強いんだ。

《ひまわり》が特別な3つの理由
- 黄だけで明暗を作る設計:黒に頼らず、黄の階調+少量の補色で画面を鳴らす。
- 時間を1枚に同居:つぼみから枯れかけまで“同時にある時間”を描く発想。
- “用の絵”ゆえの集中:アルルの“黄色い家”を飾るため、来訪予定のゴーギャンを思って描いた目的のある連作。

目的がはっきりした絵は、設計の集中力が違うね。
誰かのため、場所のため——それが画面の芯になる。

よくある質問(FAQ)
Q. 7点?5点? どっちが正しいのですか?
A. 現存して公的館にあるのは5点。そこに個人蔵1点+焼失1点を加えた「計7点」という整理が、連作の全体像を把握するうえで実務的です。
Q. 東京の《ひまわり》は1888年? 1889年?
A. 1888年末~1889年初の範囲で見解が分かれます。いずれにせよ、ロンドン版の構図を踏まえた自筆のヴァージョンです。
Q. 色は当時より暗くなっていますか?
A. 黄色顔料の一部は経年で落ち着く傾向がありますが、明度設計が強いため“光の場”としての印象は十分保たれます。
おすすめ書籍
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まとめ
《ひまわり》は1888年8月の集中制作を核に、年末~年始のヴァージョン、1889年1月の再制作へと続く“短距離走+リテイク”の物語です。
本数→背景→所蔵先の順に見分ければ迷いません。あとは、距離を変えて色の休符と絵肌を味わうだけ。親記事で全体像をつかんだら、次は各作品の個別解説へどうぞ。
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地図は頭に入った。次は“東京→ロンドン→ミュンヘン→アムス→フィリー”の順で攻めたい!
賛成。途中で“焼失作の物語”と“個人蔵の謎”も挟もう。
