風にさざめく水面が、短い筆触の粒でかすかに震えます。
対岸には並木と家並み、空には雲がほどけ、川沿いの一日が静かに進みます。
1887年5〜7月頃、パリで描かれた《セーヌの岸辺》は、ゴッホが明るいパレットと分割筆触(点描的タッチ)に踏み出した時期の代表的な一作です。
オランダ期の重い土色を脱ぎ、都市の川が放つ光のリズムに身を預けています。
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水面が音を立ててるみたいに見えるね。
だろ?色を混ぜずに置いて“揺れ”を作ってるんだ。

《セーヌの岸辺》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:セーヌの岸辺
制作時期:1887年5〜7月(パリ、アニエール〜クリシー周辺)
技法:油彩/カンヴァス
主題:川べりの土手と並木、家並み、曇りがちの空、風を映す水面
所蔵:ファン・ゴッホ美術館
備考:同時期にセーヌ河畔や橋を主題にしたヴァリアントを多数制作

やっぱり連作のひとつなんだ。
うん。天気や視点を変えて何度も描いてるよ。

パリ期の背景|新印象派に学んだ“明るさ”
1886年にパリへ移ったゴッホは、ピサロやスーラ、シニャックらの作品から色を分けて置く方法を吸収します。
1887年の春から夏にかけては、モンマルトルの丘やセーヌ河畔で屋外制作を重ね、画面の明度が一気に上がりました。
本作にも、暗部を黒でつぶさず補色気味の色で落とす新しい考え方が行き渡っています。

影まで色が生きてるから、全体が軽いんだね。
そう。“暗さ=黒”じゃないって体で覚えた時期なんだ。

構図の設計|長い川、低い視点、奥行きのリズム
視点は水ぎわ寄りに低く、左奥へ伸びる土手が遠近をつくります。
対岸の並木は大小の固まりに分けて置かれ、手前の水面は横流れの短いストロークで構成。
水平の帯が安定感を与えつつ、所々の杭や人影がリズムの拍を刻み、視線が自然に奥へ運ばれます。

静かなのに、見る目がスルスル進む。
帯の重ね方と小さな“拍”で、流れを作ってるんだ。

色と分割筆触|水面は“反射のモザイク”
水面は青・灰青・黄土・緑を混ぜずに隣り合わせで置き、風で崩れる反射をモザイク状に表します。
土手は黄土と緑の斜めストローク、空は白と青の柔らかな混色で、曇りがちの明るさを保ちます。
結果として、画面全体が微細な揺れを帯び、音まで伝わるような感覚が生まれます。

点々の粒が集まると、水の“ざわつき”になるんだね。
うん。筆を短く切って、光のノイズを描いてるんだ。

都市の川を描く意義|労働と余暇の交差点
ニューネンでの農民画から一転、ここでは都市の余暇と移動の場が主題です。
対岸の家並みや並木は、働く街の輪郭であり、同時に休日の散歩道でもあります。
ゴッホは社会性を声高に語らず、日常の温度を光の粒で静かに残しました。

大きな物語じゃなくても、時間の手触りは濃いね。
そう、生活を“光のリズム”で描けるようになったんだ。

連作の中での位置づけ|橋・河岸・ボートへ広がる視点
同年の《ポン・ド・クリシー》や河畔風景のヴァリアントと見比べると、
橋の構造を主役にした画や、ボートや人物を前景に置いた画など、視点の高さと距離を組み替える実験が連続します。
《セーヌの岸辺》は、その中でも水面の反射を主役に据えたタイプで、のちの南仏の水景へ自然につながっていきます。

同じ川でも、主役を変えると世界が変わる。
視点を一つ動かすだけで、絵の呼吸が変わるんだよ。

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まとめ|明るい粒が運ぶ、川の時間
《セーヌの岸辺》は、分割筆触と高明度パレットで、都会の川が持つ光と流れを丁寧に掬い上げた作品です。
静かな構図の中に、微細な揺れと空気の湿りが確かに存在する。
パリ期の成熟が、ここに結晶しています。

見終わってもしばらく、水の音が残るわ。
だよね。色の粒が、耳のなかまで届いてる証拠だ。

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