南仏アルルの光がまぶしい季節の終わり、ゴッホは自分の椅子を真正面から描きました。人物はどこにもいませんが、座面に置かれたパイプやたばこ袋、床の赤茶色のタイル、ミントグリーンの壁や扉が、画家の日常と気配をそのまま閉じ込めています。
本作は、友人を象徴した《ゴーギャンの肘掛け椅子》と対をなすことで知られる、アルル期の象徴的な一枚です。
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《ゴーギャンの肘掛け椅子》と対になっているんだ。
両方の記事を読むと理解が深まるよ。

《ファン・ゴッホの椅子》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:ファン・ゴッホの椅子(Vincent’s Chair)
制作:1888年11月、フランス・アルル
技法:油彩/キャンバス
サイズ:92 × 73 cm
所蔵:ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
関連作:対作品《ゴーギャンの肘掛け椅子》(1888年11月)

名の通り、椅子だね。
色々な意味が込められているんよ。

アルルの「黄色い家」と二脚の椅子

ゴッホの《黄色い家》徹底解説!ゴーギャンとのエピソードとひまわり
1888年秋、ゴッホは念願の“南のアトリエ”をめざしてアルルで制作に集中します。ゴーギャンを迎え入れた黄色い家での共同生活がはじまった直後、彼は二脚の椅子を別々に描きました。質素で正面性の強いこの椅子は自分自身を、豪奢な肘掛けと蝋燭・本を伴うもう一脚はゴーギャンを示唆する、としばしば語られてきました。
人物を置かず家具だけを描く決断には、「日常の器が人格を語る」というゴッホの信念が透けて見えます。

椅子だけで自己紹介って、ずいぶん潔いね。
でしょ?余計な装飾を抜いて、生活の芯だけ残したんだ。

構図と色彩——素朴さと温度
画面の中心は、籐(ラッシュ)編みの座面をもつ黄色の木椅子。座にはパイプとたばこ袋がそっと置かれ、主の不在が逆に存在感を強めます。床の赤茶のタイルは斜めに走って奥行きをつくり、壁と扉の青緑が補色関係で椅子の黄を押し上げます。左奥の木箱には“Vincent”のサイン。道具も署名も、すべてが「ここが私の居場所だ」と告げるために配置されています。

艶やかな《ゴーギャンの肘掛け椅子》に比べ、こちらは昼の光と素朴さが前面に出ています。アルルで見つけた明確な色の対比が、画面の体温をはっきりさせています。

背景の青緑があるから、黄色がぐっと明るく見えるんだね。
そう、南仏の光をキャンバスに“直配色”で置いてる感覚だよ。

マチエールと描き方——輪郭線で形を確かめる
椅子の輪郭には青や緑がわずかに回り、厚塗りの絵具がエッジで盛り上がります。面の中は平行方向の短いタッチで埋められ、タイルの目地や壁のザラつきまで絵具の起伏で言い換えられています。
パリ期に学んだ分割筆触のリズムを保ちながら、アルルでは色相の振れ幅を大きくし、線で形を確定する力がいっそう強まりました。

近くで見ると、線が“骨組み”みたいに利いてる。
うん、形がぶれないから、置いた色がはっきり呼吸できるんだ。

対作品との関係——“自画像の不在形”というアイデア
この作品は、同じ月に描いた《ゴーギャンの肘掛け椅子》と並べて語られます。前者は夜の蝋燭と赤・緑のコントラスト、後者は昼の自然光と黄・青のコントラスト。性格の差異を直接描かず、象徴的な「席」を通して人柄を語る発想は、ゴッホにとっての“人物不在の肖像”でした。
二脚がそろうと、友情への期待と緊張、そして共同制作への決意が、言葉なく伝わってきます。

椅子が二つあるだけでドラマが立ち上がるの、ずるい。
道具に話をさせると、感情が騒ぎすぎない。だから深く届くんだ。

来歴と所蔵——ロンドンで会える一枚
《ファン・ゴッホの椅子》は現在、ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。アルルの黄色い家での生活を物語る実寸大の気配は、現地で見るといっそう親密です。なお、対になる《ゴーギャンの肘掛け椅子》はアムステルダムのファン・ゴッホ美術館に所蔵され、二都市を横断して“二脚の対話”が続いています。
制作年・素材・サイズなどの基本情報は、美術館の公表データに基づきます。

ロンドンとアムステルダムで離れ離れなんだね。
旅の口実が増えたってことで。どっちも見て、頭の中で並べようぜ。

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まとめ——生活を描くことが、人格を描くこと
燃えるような花でも雄大な風景でもなく、毎日座っていた椅子を描く。それは、画家が拠って立つ“素の人格”を示す最短距離でした。パイプの小さな影、床のタイルの斜めのリズム、壁の冷たい青緑。どれもが、1888年11月のアルルでしか成立しない温度です。
二脚の椅子から読みとれるのは、友情への願いと制作への集中、そして生活そのものを芸術の中心に据えたゴッホの決意でした。

豪華じゃないのに、なんか胸に残る。
派手さよりも“生きてる感じ”。それがこの椅子のいちばんの贅沢だよ。

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