南仏の空の下、ゴッホは糸杉に特別な親近感を抱きました。
本作《糸杉》は、絵具ではなくペンとインクで、渦を巻く線が幹や葉を“燃やす炎”のように立ち上がらせる一枚です。
制作地はサン=レミと伝わり、アルル期から地続きの南仏体験が凝縮しています。色の代わりに線だけでここまで熱量を生む、その方法と意味を丁寧にたどります。
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線だけで火力えぐいな
燃えてるのは木というより、画家の集中力やで

《糸杉》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:糸杉
制作年:1889年
技法・素材:ペン/リードペン、茶色インク、グラファイト(鉛筆)、紙
サイズ:紙作品(可搬サイズ、詳細未公表の出典も多い)
所蔵:シカゴ美術館
備考:南仏サン=レミ滞在期の連作ドローイングの一つ

油彩じゃないんや
せやで。インクや鉛筆やから、タッチの勢いがまんま残るんや

<同年代に描かれた作品まとめ>
ゴッホのサン=レミ時代の作品まとめ!療養院の窓辺から生まれた物語
南仏で“糸杉”が主役になるまで
アルルで光と色に目覚めたゴッホは、翌1889年にサン=レミの療養院へ移ります。
彼が歩いて見上げた糸杉は、空へ向かって真っ直ぐ伸び、風に煽られて渦巻く樹冠が雲と競い合う存在でした。
油彩でも頻繁に描きますが、紙上のドローイングはさらに速いテンポで、対象の「呼吸」をそのまま線で採取することができます。
本作の糸杉が“炎”に見えるのは、南仏で体の奥に刻まれた風のリズムを、ためらいのない曲線で連続記述しているからです。

音楽みたいに描いてる感じやな
うん、四分音符も八分音符もぜんぶ“線”で鳴ってる

構図と線:うねり・反復・呼吸
画面中央からやや右にまとまる主幹群、左右に広がる樹冠の渦、足元の草の点描……。
直線的な輪郭を避け、短い曲線を積層することで、糸杉の密度と空気の振動を同時に立ち上げています。
ペン先を替えた太細のコントラスト、茶インクの濃淡、グラファイトの下描きが残す“設計線”。
色彩の代わりに線のリズムと密度で前後関係をつくる——これがドローイング版の“厚塗り”です。

インクの濃いとこ、心拍数上がってるっぽい
そこがクライマックス。息を吸って吐くみたいに、濃淡で呼吸を描くんや

糸杉というモチーフの意味
糸杉は地中海圏で墓地や記念の場に植えられることも多く、垂直性と永続の象徴性を帯びます。
ゴッホにとっては“暗さ”ではなく、“生の火柱”。太陽へ伸びる形と、風に抗いながらしなる強さが魅力でした。
本作は色を捨ててもその象徴性が失われないことを証明します。線だけで、垂直の意志と時間の厚みを語るからです。

糸杉、ただの木やないんやな
せや。立ち尽くす生き物って感じ。描けば描くほど自画像っぽくなる

油彩との往復——“筆圧”を持つ線


同年には油彩《糸杉》《星月夜》など、渦巻く筆致の大作が並びます。
その直前・直後に描かれた紙作品は、油彩の運動を先に“練習”し、あるいはあとから“要約”したメモワールの役割を果たしました。
ドローイングの線が太く強いのは、リードペンで紙に押し当てる圧を変え、濃淡の層を重ねるから。
筆致のスピード、手首の角度まで可視化され、閲覧者は制作の体温に直結します。

走り書きに見えて設計図やん
せやで。速いけど雑じゃない。速さで正確さを出すんや

受け継がれた図像と現在
《糸杉》は今日、シカゴ美術館に収蔵されています。
南仏の風景をめぐる油彩群と並べて見ると、線が色を先導していたことがよくわかります。
この紙片の“速さ”が、後年の糸杉モティーフ全体の躍動を決定づけた——そんな起点の一枚です。

紙一枚に南仏の風、詰め込んだな
ポケットサイズの嵐や。持ち歩ける風景って最高やろ

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まとめ:色を使わず、風景を燃やす
《糸杉》は、ペンとインクだけで南仏の大気を燃え上がらせた稀有なゴッホ作品です。
渦巻く線の反復、濃淡の呼吸、垂直へ伸びる意志。
糸杉は墓標の木でありながら、彼の手では“生の火柱”となりました。
油彩の名作群を裏打ちするこのドローイングは、南仏期の核心に最短距離で触れさせてくれます。

色がなくても熱は伝わる、か
せや。熱は線でも出せる。むしろ線のほうが嘘つかへん

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