サン=レミの療養院に滞在していた1890年、フィンセント・ファン・ゴッホは、自室やアトリエから見える「塀・麦畑・果樹・その向こうのアルピーユ山脈」を、何度も描きとめました。本作《アルピーユ山脈の眺め》は、その視界をぎゅっと一枚に凝縮した小品で、青緑の空の下、塀に沿って連なる白い花の樹々と、奥に低く連なる山襞のリズムが、軽やかな筆致で呼吸しています。
「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」で来日する作品です。
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空の面積デカいのに、窮屈じゃないの不思議
余白を“空気”で満たすと、広さが勝手に立ち上がるんだよ

《アルピーユ山脈の眺め》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

題名:アルピーユ山脈の眺め
制作年:1890年(サン=レミ)
技法:油彩/カンヴァス(小品)
主題:塀で区切られた畑と果樹、奥に横たわるアルピーユ山脈、広い空
所蔵:ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)所蔵作として知られます

小品って聞くと机サイズを想像しちゃう
そのぶん密度が上がる。小さいからこそ、山の“うねり”も一筆一筆が効くんだ

<同年代に描かれた作品まとめ>
ゴッホのサン=レミ時代の作品まとめ!療養院の窓辺から生まれた物語
サン=レミの窓から採集した“地図”
この主題は、療養院の窓辺から見える景色が基になっています。視線の手前には塀が走り、その向こうに畑と果樹の帯が横たわり、さらに遠景にアルピーユ山脈の低い稜線が重なります。春めく季節には白い花がふくらみ、塀と屋根の赤褐色と響き合って、画面に明暗の“帯”を作ります。ゴッホはこうした層の重なりを、上へ上へと積層させ、風向きや湿度まで思い出せるような構図に定着させました。

層が重なるとミルフィーユみたい
しかも温度つき。塀は乾いてて、果樹は湿ってる——って具合

線描から油彩へ――同主題の素描と“小さなキャンバス”

この景色は、2〜3月頃の素描(黒石筆)としても残されており、樹々や山の位置関係、塀の切れ目などが簡潔な線でメモされています。素描で地形の“骨格”を確かめたのち、小さなカンヴァスに色をのせ、春の光を帯びた油彩へと展開しました。画面では、塀の帯をやや高めに据え、手前の草地を大胆に省略することで、天と山の呼応を強めています。筆跡は短いストロークの集合で、特に空の青緑は、方向の異なるタッチを重ねて、微妙にざわめく大気を表します。

地図→着彩って進化の順番が見えるね
下ごしらえがあるから、色が迷子にならないのさ

色の記憶――青緑の空と、山襞のヴァイオレット


ゴッホはこの時期、オリーブやアーモンドの花など“春の色域”を集中して探っていました。本作でも青緑の空に、山のヴァイオレットや赤茶の尾根、白く光る花の層が置かれ、補色関係が静かな緊張を生んでいます。塀の長い帯は遠近のガイドであると同時に、生活の気配を象徴する装置でもあり、自然と人の生の境界をほのかに示します。全体は穏やかなのに、筆の方向は微妙に揺らぎ、画面の内側で風が通り抜けるようです。

風見えた。音もしそう
筆触って、見える音だよ。サン=レミの風はちょっと塩っぽい

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まとめ――“境界の向こう”を軽やかに
《アルピーユ山脈の眺め》は、窓から見える日常の景を、線と色のリズムで更新した一枚です。塀を越えた先に連なる白い花と山のうねりは、療養という制約の中でも、画家が外界とつながり続けた証のように見えます。小品ながら、空・塀・樹・山の役割が明快で、サン=レミ時代の風土と季節の気圧を、もっとも素直な調子で伝えてくれます。

“向こう側”に行けた気がした
絵って、足を使わずに境界を越える乗り物なんだ

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