ギリシャ神話に登場するオリュンポス十二神のひとり、アレス。
彼は「戦争の神」として知られながら、神々の中では意外にも“嫌われ者”だったことをご存じでしょうか?
アテナとは同じ戦の神でありながら正反対の性格、そして愛の女神アフロディーテ(ヘパイストスの妻)とは情熱的な関係を持つなど、アレスの神話には激しさと人間くささが混在しています。
本記事では、アレスの基本情報から性格、象徴(アトリビュート)、神話での活躍、そしてアテナ・アフロディーテとの関係までをわかりやすく解説。
強さだけでは測れない、複雑で魅力的な“戦の神”の真の姿に迫ります。

西洋美術を楽しむうえでギリシャ神話は必須知識!
アレスとは誰か?|名前・家系・基本情報

- ローマ神話名:マルス
- 英語読み:マーズ
- 役割: 戦争の神
- 特徴: 戦闘と暴力の象徴。しばしば無軌道な戦士と描かれる。
- 象徴: 兜、盾、槍
- 物語: トロイア戦争ではトロイ側に立った。
アレス(Ares)は、古代ギリシャ神話に登場する「戦争の神」であり、オリュンポス十二神の一柱に数えられています。ローマ神話では「マルス(Mars)」と呼ばれ、そちらでは英雄的に崇拝されましたが、ギリシャ神話におけるアレスの扱いはやや異質です。
アレスは、主神ゼウスと女神ヘラの息子で、生粋のオリュンポス神。にもかかわらず、神々の間では尊敬よりも嫌悪や警戒の対象となることが多い存在です。
彼の名前「アレス」は、恐怖や破壊と結びつけられ、「アレオス(Alēos)」=破壊の者、といった語源を持つともされます。ギリシャでは、知略や正義を重んじるアテナのような戦神が好まれる傾向にあったため、アレスのような本能的で暴力的な戦の神は、あまり人気を得られなかったのです。
アレスには象徴動物として狼や猪があてがわれ、武器では槍・剣・楯などが彼のアイコンとされています。

神様なのに、仲間からちょっと嫌われてるって…なかなかつらい立場かも。
でも戦争って、みんなが求めてたわけじゃないから難しいね。
アレスの役割と象徴
アレスの最大の役割は、言うまでもなく「戦争の神」です。ただし、ここでいう「戦争」とは、戦略的な戦や正義の戦いというより、激情にまかせた暴力的な戦闘そのものを意味します。アレスは血と鉄、怒りと破壊を司る存在であり、戦場の混沌をそのまま神格化したような存在なのです。
彼は戦争の場において、人々に勇気を与えるというより、狂気や興奮を掻き立てる存在として描かれます。そのため、神々の間でも「扱いにくい」「恐れられる」存在でした。
アレスとともに戦場に現れるのは、恐怖の神デイモス(Deimos)と、恐慌の神ポボス(Phobos)。いずれも彼の子とされ、戦の恐怖を増幅する象徴的な存在です。また、女神エリス(争い)やエニュオー(戦乱)と行動をともにすることもあり、戦場をより苛烈にする役目を担います。
アレスが持つ象徴物には次のようなものがあります。
・武器:槍、剣、盾(戦闘の象徴)
・動物:狼、猪、禿鷹(破壊や凶暴性を象徴)
・戦車:戦場を駆けるための乗り物、しばしば炎に包まれた馬が牽く
このように、アレスの象徴は戦場の恐怖、混乱、血の臭いそのもの。力の神というより、「戦うことの本能的な側面」を神格化した存在といえるでしょう。

武勇の神って聞くとカッコイイけど、アレスは“戦場そのもの”って感じ。
あまりに激しすぎて、他の神たちが引いてたのも納得かも…
アレスの性格と評価
アレスの性格をひと言で表すなら、それは衝動的で荒々しい、激情に生きる戦士です。
知性や戦略を重視するアテナとは対照的に、アレスは肉体的な力と破壊の本能を信じ、戦場においても一番槍として突っ込むタイプ。彼は「戦争が好きだから戦う」神であり、勝利よりも戦そのものに魅せられた存在です。
ギリシャ神話の中で、アレスはあまり尊敬されていません。主神ゼウスでさえ、アレスの血の気の多さに辟易している場面があり、『イリアス』ではゼウスが「あいつは我が子ながら最も嫌いな神だ」と断言する場面もあります。
これは、アレスがしばしば場の空気を読まず、感情のままに戦いを拡大させてしまうからです。
一方で、人間の側から見ると、アレスは恐ろしくも魅力的な存在として描かれることがあります。特に戦士たちにとっては、「死の間際に現れる神」として畏怖され、崇拝される対象でもありました。
また、彼は美と愛の女神アフロディテとの情事でも知られ、戦と愛という対照的な力を結びつける存在でもあります。
つまりアレスは、「知と秩序の戦神」ではなく、本能・欲望・混沌の象徴としての戦神。それゆえに、崇拝されながらも、どこか距離を置かれた存在だったのです。

神様の中でも、アレスってちょっと“人間くさい”ところがあるんだよね。
失敗もするし、恋もするし、ちょっと孤独だったのかも。
神話におけるアレスの登場エピソード
アレスはギリシャ神話の中で何度も登場しますが、その活躍は意外にも“武勇の神”としての威厳に欠ける描かれ方が多く、「失敗」や「滑稽さ」が強調されることも少なくありません。ここでは、代表的なエピソードをいくつか紹介します。
アフロディテとの不倫と恥辱

アレスと最も有名な神話のひとつが、美の女神アフロディテとの密会です。アフロディテは本来、鍛冶の神ヘーパイストスの妻でしたが、彼女とアレスは密かに愛人関係にありました。
しかしその関係はヘーパイストスにばれてしまい、二人が密会している寝室に、金属製の罠を仕掛けて捕らえられてしまうのです。しかも、ヘーパイストスはオリュンポスの神々を集めてその様子を見せびらかし、アレスとアフロディテは屈辱的な目に遭うことになります。
この話はホメロスの『オデュッセイア』にも記されており、アレスの“情熱”と“脇の甘さ”を象徴するエピソードとされています。
『イリアス』での敗北

ホメロスの叙事詩『イリアス』では、アレスはトロイア側について戦場に現れます。しかし、アテナに導かれたギリシャ側の英雄ディオメデスに傷を負わされ、戦場から撤退するという情けない姿が描かれます。
このとき、アレスは怒りに満ちてオリュンポスに戻り、父ゼウスに「自分は不当な目に遭った」と訴えますが、ゼウスは冷たく突き放します。この場面は、アレスが“戦争の神”でありながら、どこか未熟な激情家として扱われていることを如実に示しています。
アロアダイ兄弟との戦い
また、神話によれば、アレスはかつて巨人アロアダイ兄弟に捕らえられ、13か月もの間、青銅の壺の中に閉じ込められていたとされています。これは神としては非常に屈辱的な話で、アレスの「神格としての脆さ」や、「暴力だけでは勝てない」ことを皮肉るようなエピソードです。
これらの神話は、アレスの一面──つまり、“戦争”という力が持つ危うさやコントロール不能な側面を象徴しているといえます。
アレスは無敵の戦士というよりも、「暴力の本能」を体現した存在であり、それゆえに神々の秩序の中で浮いた存在でもあったのです。

なんかアレスって、すごく強いのに、いつも損な役回りだよね…。
戦争って、勝っても負けても誰かが傷つくってことなのかな。
アレスのアトリビュート|“戦の神”を象徴するものたち
神話に登場する神々には、それぞれの性格や役割を示す「アトリビュート(象徴物)」があります。アレスの場合、それはまさに戦いそのものを連想させるものばかりです。
主なアトリビュート
武器(槍・剣・盾)
アレスの最も典型的な持ち物です。槍は攻撃性、盾は防衛ではなく「闘争の場に立つこと」そのものを象徴しています。
兜と鎧
彼はしばしば全身甲冑をまとった姿で描かれます。頭には羽飾りのある兜をかぶり、堂々とした武者姿で戦場に立つ姿が一般的です。
戦車(チャリオット)
アレスはしばしば火を吹くような荒馬に引かれた戦車に乗って現れます。これは彼の登場が「戦争の開始」を意味することの暗喩でもあります。
同行者:ポボスとデイモス
アレスの息子である恐慌の神ポボスと恐怖の神デイモスは、しばしばアレスの戦車を操る助手として描かれます。彼らが共に現れることで、戦場にさらなる混乱と恐怖がもたらされるとされました。
動物:狼、猪、禿鷹
凶暴性や荒々しさを象徴する動物たちです。狼や猪はアレスの破壊的な本質を、禿鷹は死と戦場の残酷さを象徴しています。
これらのアトリビュートによって、アレスはただの「戦う神」ではなく、戦争という現象そのものを具現化した存在であることが強調されているのです。

こんなにたくさん“戦いのサイン”を持ってるなんて…
アレスはほんと、戦争を歩いてるみたいな神様だったんだね。
アテナとの違い|もう一人の“戦の神”との対比

ギリシャ神話には、「戦の神」が二柱存在します。ひとりはアレス、そしてもうひとりがアテナです。どちらも戦いを司る神ですが、その性質や役割はまったく異なります。
アテナは、ゼウスの頭から生まれた知恵と理性の女神であり、「戦略・防衛・正義の戦い」を象徴します。彼女の戦いは計算されており、無益な流血を避けるための戦略や判断力に長けています。
その一方でアレスは、「激情・攻撃・破壊的な戦闘」を象徴します。知略よりも本能、冷静さよりも怒りに突き動かされる戦い方が特徴です。

この違いは、ホメロスの叙事詩『イリアス』の中でも明確に描かれています。アテナはアレスのことを「狂った者」と呼び、しばしば彼の行動を制止したり、反対側に立ったりします。
実際、アテナが導いた英雄ディオメデスがアレスを傷つけた場面では、彼女が背後から投槍を手助けすることでアレスを戦場から追い払っています。
この対比は、ギリシャ人の「戦争観」を反映しているともいえます。すなわち、戦争とは避けられない現実であるが、そこには理性と知恵が必要だという考え方です。アテナが広く崇拝され、都市国家アテネの守護神として称えられたのに対し、アレスが孤立した存在として描かれるのは、ギリシャ社会が求めた“理想の戦”がアテナ型だったことを物語っています。

アレスは“力”、アテナは“知恵”。同じ戦いでも、どんな考え方で向き合うかで全然違うんだね。ちょっと考えさせられたかも…。
ローマ神話のマルスとの違い
ギリシャ神話におけるアレスは、衝動的で恐れられる存在として描かれていましたが、ローマ神話における対応神であるマルス(Mars)は、まったく異なるイメージを持っています。
むしろ、マルスはローマでは国家の守護神かつ英雄的存在として、非常に高い尊敬を集めていました。
まず大きな違いは、社会的評価です。ギリシャではアレスは神々の間でも冷遇されがちで、崇拝もあまり盛んではありませんでした。しかし、ローマにおいてマルスは、軍事力を通じてローマの繁栄を支える「理想の男神」として位置づけられ、ユピテル(ゼウスに相当)に次ぐ格上の神とされました。
ローマ建国神話において、マルスは英雄ロムルスとレムスの父とされており、ローマ人の祖先を直接生んだ父神という役割も担っています。そのため、マルスは単なる軍神にとどまらず、農耕・秩序・国家の繁栄などにも関わる、多面的で建設的な神とみなされていたのです。
また、アレスが破壊と混乱の象徴であるのに対し、マルスは正義のために戦う勇者の象徴。アレスが「暴力」のイメージで語られる一方、マルスは「勇気」と「規律」の神でした。
この違いは、両社会の戦争観の違いを反映しています。ギリシャでは戦争は避けがたい悲劇であり、賢さによって制御すべきもの。一方、ローマでは戦争は国威を高める正当な手段であり、国家の繁栄の証でした。

同じ“戦の神”でも、文化が違うとイメージもガラッと変わるんだね。
アレスがかわいそうに思えてきたけど…マルスは出世した感じかも!
豆知識|アレスに関するトリビア
アレスという神は、ギリシャ神話の中でも特に“誤解されがち”で、隠れた面白い一面を持つ存在でもあります。ここでは、知っていると話のネタになるようなアレスにまつわるトリビアをいくつかご紹介します。
名前の由来と語源
「アレス(Ares)」という名前は、ギリシャ語で“災厄”や“破壊”を意味する語根と関係があるとされており、その名のとおり、彼の登場は常に混乱や暴力を伴います。また、英語の「アレゲート(arrogate/奪い取る)」などとも語源的に関連があるともいわれています。
火星とアレスのつながり
アレスはローマ神話で「マルス」と呼ばれる神と同一視されていますが、現在の太陽系の惑星・火星(Mars)もこの神の名に由来しています。火星が赤く見えることから、戦争と流血を連想させるために名付けられたのです。
アレスの子どもたち
アレスはさまざまな神や人間との間に子をもうけており、中でも有名なのがアフロディテとの間に生まれたポボス(恐慌)とデイモス(恐怖)。この二柱は、アレスが戦場に現れるときに必ず同行していたとされます。現代の心理用語「フォビア(phobia)」はポボスに由来しています。
アレスを祀った神殿は少ない
ギリシャ各地に神々の神殿が建てられていましたが、アレスを主神とした大規模な神殿は他のオリュンポス神に比べて少数です。アテナやアポロン、ゼウスのような“理性的”な神々が好まれたギリシャにおいて、アレスは畏れられこそすれ、敬愛の対象とはなりにくかったのです。

火星って、まさかアレスが元ネタだったとは…!
まとめ|なぜアレスは“嫌われた戦神”なのか?
アレスはオリュンポス十二神という高位の神でありながら、ギリシャ神話においては不遇で孤独な存在でした。彼の戦いは、本能的で暴力的で、秩序や戦略からは程遠い――つまり、制御できない「破壊の力」そのものだったのです。
ギリシャの人々にとって戦争は避けがたい現実でありつつも、理性と知性で制御されるべきものと考えられていました。だからこそ、アテナのように“考える戦神”が支持され、アレスのような“感じるままの戦神”は敬遠されたのでしょう。
しかし、アレスの存在は、現代の私たちにとっても多くのことを考えさせてくれます。
戦争の恐ろしさ、暴力の本質、人間の中にある破壊の衝動――アレスはそれらを神格化した鏡のような存在であり、ただの「嫌われ者」では済まされない奥深さを秘めています。
アレスを通して見るギリシャ神話は、単なる神話を超えて、人間の感情や社会観に迫るリアルな物語ともいえるのです。

アレスって、強くてかっこいいけど、すごく人間っぽい神様だったんだね。
嫌われてたけど、たぶん誰よりも“本気”だったのかも。