オーヴェール=シュル=オワーズでの短い滞在のなかで、ゴッホは医師ポール・ガシェの家族を繰り返し描きました。
本作《庭に立つガシェ嬢》は、その娘マルグリットをモデルにした一枚です。白薔薇の咲く庭を、渦巻くような緑の筆触で埋めつくし、淡い光の中に立ち尽くす若い女性の横顔を、そっと浮かび上がらせています。賑やかな色彩のうねりと、モデルの控えめな佇まい。そのコントラストが、ゴッホ晩年の感情の振幅をまっすぐに伝えてくれます。
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黒背景×水色の服、めっちゃ映えるね
光を増やさず、色で光らせるってやつだな
《庭に立つガシェ嬢》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:庭に立つガシェ嬢(Marguerite Gachet in the Garden)
制作年:1890年(オーヴェール=シュル=オワーズ)
技法:油彩/カンヴァス
サイズ:約46×55.5cm
モデル:マルグリット・ガシェ(医師ガシェの娘)
所蔵:オルセー美術館(パリ)
モデルはお医者さんの娘さんなんだよね?
うん。オーヴェール期の重要モチーフ。だから事実関係はここで押さえとこ
<同年代に描かれた作品まとめ>
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ガシェ家の庭という舞台設定
画面いっぱいの庭は、白い薔薇や鉢植え、背後の糸杉や屋根で奥行きをつくり、暮らしの近さを感じさせます。
屋外の明るさをそのまま塗り込めるのではなく、白~黄緑~薄紫の幅広い明度で「やわらかな曇りの日」の空気を表現しており、モデルの輪郭線は黒に近いインク色で軽く締められています。屋根や塀の直線が、渦を巻く植栽のリズムを受け止め、画面が暴れすぎないように支えています。
庭、音がしそうだね。葉っぱシャラシャラって
そう。音のリズムを線で描くと、こういう庭になる
色彩と筆触:白い花と緑のうねり
白薔薇は純白一色ではなく、アイボリー、薄黄、ラベンダーの反射色で重ねられ、厚塗りの筆跡が花弁の巻きを生みます。
背景のグリーンは単調に見えて、黄緑・緑青・ビリジアン・黒味のラインが層をなし、短いストロークが渦状に回転。オーヴェール期らしい「明るいのにどこか冷えた」色調が、モデルの白いワンピースと呼応して、清潔感と淡い寂しさを同時に立ち上げます。
白ってこんなに種類あるんだ…
白は光の容れ物。色を抱えた白が一番むずかしい
モデル像のとらえ方:慎ましさを光で描く
マルグリットの表情は真正面ではなく、横顔に近い斜め。視線は花の方へ落ち、髪と頬は柔らかい黄色で照らされます。
ゴッホはここで心理描写を大げさにしません。口元を結び、肩をわずかに前へ入れる姿勢が、寡黙さと気遣いを示します。輪郭線はくっきりしていても、肌の塗りは荒々しくない——若い女性の気配を、塗膜の厚みではなく「色の温度差」で丁寧に保っています。
騒がない優しさって、こういうことか
うん。大声を出さない代わりに、光がそっと寄り添ってる
関連作との比較:〈ピアノを弾くマルグリット〉とのペア

同年の《ピアノを弾くマルグリット・ガシェ》では、室内で横顔を描き、背景に点描的な黄緑を置くことで、音のリズムを壁に散らしました。
対して本作は屋外の「揺れる緑」です。どちらもモデルの背丈や体格を誇張せず、姿勢の線によって性格を示す構図で、白い衣と黄系の髪色が共通の記号として機能しています。オーヴェール滞在のごく短期間に、同一人物の内と外を対照させた連作的試みだとわかります。
同じ人でも、音の部屋と風の庭で、雰囲気ぜんぜん違う
被写体が一人でも、環境が変われば物語は二つになるのさ
所蔵と見どころの要点
作品は現在、パリのオルセー美術館に所蔵されています。展示では厚塗りの花の部分に自然光が当たると、筆の縁に沿って微細な陰影が立ち、再現画像では伝わりにくい立体感がよくわかります。近寄って見ると黒い輪郭線が完全な一本線ではなく、ところどころで切れ、地の色と混ざり合っていることも確認できます。
現物見たくなるやつ
うん、塗膜の呼吸は画面の前でしか吸えない
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まとめ
《庭に立つガシェ嬢》は、ゴッホ晩年のわずか2か月間で生まれた奇跡の一枚です。
彼が描いたのは、単なる少女の肖像ではなく、光と緑の中に溶け込む「静かな時間」そのものでした。
画面を満たす白と緑の筆触は、生命のざわめきを抱えながらも、どこか儚い。
それはゴッホが感じていた“生きることの美しさと痛み”の両方を映し出しています。
《ピアノを弾くマルグリット・ガシェ》とともに見ることで、
彼がこの若い女性に託した「調和への願い」や「癒しへの祈り」がより深く伝わってくるでしょう。
この作品は、オーヴェールの短い夏に輝いた、最後の静寂の記録です。
ゴッホ、こんなに優しい絵も描いてたんだね
うん。嵐の中でも、光を見つけるのが俺の仕事だったんだ
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