戦争は一瞬で世界を荒らしますが、平和は時間をかけて人と暮らしを育てます。ピーテル・パウル・ルーベンスの《マルスから平和を守るミネルヴァ(平和と戦争の寓意)》は、その当たり前を、神話の登場人物たちに演じさせた大画面の寓意画です。中央で豊穣を分け与える「平和」は、子どもたちへ未来を渡そうとします。そこへ武装した「知恵」の女神が割って入り、「戦争」を象徴する神を押し返す。画面の出来事はドラマチックなのに、語りたい結論は驚くほど明快です。争いを退け、平和を選ぶことが繁栄につながる。しかもこの絵は、単なる道徳画ではなく、現実の外交の現場から生まれました。
この絵、タイトルからして強いよね。平和って、守らないと壊れるって言ってる感じ
平和が“勝つ”んじゃなくて、“守る”なんだよな。そこがリアル
《マルスから平和を守るミネルヴァ(平和と戦争の寓意)》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:マルスから平和を守るミネルヴァ(平和と戦争の寓意)
画家:ピーテル・パウル・ルーベンス
制作年:1629〜1630年
技法:油彩/カンヴァス
サイズ:203.5 × 298cm
所蔵:ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
横幅3メートル近いって、家に飾ったら壁が主役になるやつ
視界に入った瞬間、議論が終わるサイズだな
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ルーベンスの生涯と作品について解説!イケメン画家の素顔に迫る!
制作背景|“絵”で和平を語る、ルーベンスの外交
この作品は、イングランド王チャールズ1世のために制作され、1630年にルーベンスから贈られたとされています。ポイントは、ルーベンスが画家であると同時に外交の担い手でもあったことです。彼はスペイン王フェリペ4世の使節としてロンドンを訪れ、緊張関係にあった両国の交渉が進む空気の中で、絵そのものを「説得の道具」にしました。
絵は言葉よりも速く届きます。しかも王が熱心な収集家であるなら、最上級の美術作品は、理屈より先に相手の心へ入る。ルーベンスはそこを理解したうえで、平和がもたらす利益を、豊穣・子ども・祝祭のイメージに変換し、戦争の破壊性を怪物的な存在感として押し返しました。現実の交渉と画面のドラマが、同じ方向へ進むように設計されているのです。
外交の場に“口ではなく絵”を持ち込むの、強キャラすぎる
しかも腕が世界トップ級。説得力が暴力的
主題の核心|“平和(Pax)”は豊穣そのものとして描かれる
画面の中心にいる女性は「平和(Pax)」を表しますが、同時に大地の恵みを司る女神ケレス(セレス)的な性格も重ねられていると考えられています。彼女はただ穏やかに立っているのではなく、子どもたちへ「実り」を分け与える役を担っています。胸から乳を与える所作は、平和が抽象的な理想ではなく、生活の根を太くする力だという主張に変わります。
そして、その平和を守るのがミネルヴァ(知恵の女神)です。知恵は、戦争を“倒す”のではなく、“押しとどめる”。この構図が作品のメッセージを鋭くします。平和は放っておけば勝手に続くものではない。知性と意志で、戦争を画面の外へ押し返し続ける必要がある。そう言っているように見えるのです。
平和=ふわっとした理想、じゃなくて“食べ物と子ども”で語ってくるの刺さる
腹が満ちることが未来なんだよな。説教じゃなくて生活の話
登場人物と描かれ方|この画面にいる“象徴”たち
この作品は寓意画なので、人物や小道具が「意味の束」になって登場します。まず中央の女性が平和(Pax)であり、富を象徴する存在としてプルートゥス(富の神)と結びつけられます。周囲の子どもたちは、未来の世代への希望を示すと同時に、ルーベンスが滞在した家の子どもたちをモデルにした肖像でもあると説明されています。寓意の中に「現実の子どもの顔」を入れることで、絵のメッセージが急に生々しくなります。平和が必要なのは、抽象の世界ではなく、いま生きている子どもたちのためだ、と。
上方には、カドゥケウス(使者の杖)を持つプットー(小天使)が見えます。これはメルクリウス(マーキュリー)と結びつく属性で、公正な交換や交渉を連想させます。さらにオリーブの冠が平和の象徴として重なり、交渉=平和への道筋が視覚化されます。
一方で右側にはマルス(戦争の神)が押し返され、彼の近くには復讐を司る存在(フューリー)や、欲深さ・略奪性を思わせる怪物的な存在(ハルピュイア)が配置されます。戦争は単なる武力ではなく、復讐と貪欲を連れてくる。そのイメージを、ルーベンスは神話のキャストで固めているわけです。
子どもが“未来”であり“実在の顔”でもあるの、急にリアルになるね
寓意画って遠い存在になりがちだけど、ここは逃げ道を塞いでくる
見どころ|「平和が勝つ」ではなく「平和が守られる」構図
この作品の面白さは、平和が剣を振るって勝利する話ではないところです。ミネルヴァがマルスを押し返し、平和は子どもたちへ恵みを分け続ける。つまり画面の主役は“戦い”ではなく“維持”です。平和は行為であり、継続であり、手間のかかる仕事として描かれています。
もう一つの見どころは、祝祭や豊穣を思わせる要素が画面に満ちている点です。果実があふれる角(コルヌコピア)は分かりやすい象徴ですが、それだけでは終わりません。酒神バッカスに関係する一団を思わせる人物配置、豹などの動物モチーフが、豊かさと祝祭の空気を補強します。戦争は一瞬の熱で人を動かす。しかし平和は、食べること・育てること・祝うことの積み重ねで社会を動かす。ルーベンスはこの差を、画面の密度そのものとして見せます。
さらに、画面の上部から押し寄せる暗い塊と、前景の肉感的で明るい人間の群れの対比も強烈です。光の方向が「守る側」を照らし、押し返される側を濁らせる。構図と明暗が同じ主張を繰り返します。平和は光の側にある、と。
戦争の場面を派手に描くんじゃなく、平和のほうを“忙しく”描くのいいね
平和って暇じゃないんだよな。やること多い
ルーベンスの技|肌、布、金属、果実まで“説得力”に変える
ルーベンスの強さは、理念を描けるだけでなく、物質感が桁違いに巧いところです。肌は柔らかく、布は重く、金属は硬く、果実は瑞々しい。触れたら温度が違いそうな描き分けが、寓意を現実の感覚へ引き寄せます。
たとえばミネルヴァの武装は、ただの装飾ではありません。知恵が戦争を押し返すには、守りの力が必要だという説得を担っています。マルスの側の荒々しさと、平和の側の豊かさの対比は、単にストーリーの差ではなく、絵肌の手触りの差として出てきます。だから見ている側は、理屈より先に「どちらが人間の暮らしに近いか」を身体で理解してしまうのです。
ルーベンスって、“絵の上で説得”するのが上手すぎる
政治的メッセージを、肌の質感で殴ってくるタイプだな
おすすめ書籍
このサイトの参考にもさせて頂いている本を紹介します。
まとめ|平和は理想ではなく、守って育てる「生活の条件」
《マルスから平和を守るミネルヴァ》は、神話の姿を借りながら、現実の外交と人間の暮らしに直結した主張を語る作品です。平和は放置して続くものではなく、知恵と意志で守るもの。その見返りとして、豊穣と繁栄と未来がある。ルーベンスはそれを、子どもたちの顔、果実の重み、武具の硬さ、光の方向まで使って、視覚のレベルで納得させにきます。
大げさな理想を掲げるのではなく、「戦争を退けることが、生活を守ることにつながる」という話に落としているからこそ、時代を越えて強い。見れば見るほど、これは“神話の絵”ではなく、“現実の選択”の絵だと分かってきます。
結局この絵、めちゃくちゃ現実的だよね。平和って“暮らしの条件”だって言ってる
そして条件は、維持しないと失う。そこを真正面から描いてるのが強い


