アルルの春。黄色い回廊に囲まれた中庭で、静かな幾何学が花々の色を受け止めます。
《アルルの病院の中庭》は、耳の事件で心身が揺らいだ後のゴッホが、再び制作へ歩み直した時期に描いた一枚です。整然とした小径と円形の泉、そして木々の影が、彼の呼吸を整えるように画面を組み立てています。
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空気が澄んでる。ここからやり直す感じ、伝わるね
だろ?光も構図も、心を立て直すための相棒なんだ

《アルルの病院の中庭》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:アルルの病院の中庭
制作年・場所:1889年4月、フランス・アルル
技法・材質:油彩/カンヴァス
所蔵:オスカー・ラインハルト美術館(スイス・ヴィンタートゥール)

所蔵がスイスなの意外だな
旅をしたのは絵だけじゃない、物語も一緒に渡っていくんだ

アルル市民病院の中庭——いまは“エスパス・ヴァン・ゴッホ”
描かれているのは当時のアルル市民病院(現在は文化センター“エスパス・ヴァン・ゴッホ”)。円形の泉を中心に道が交わり、区画ごとに違う草花が植えられた庭園計画が、黄色いアーチの回廊に抱かれていました。今日でも基本の設計は保たれており、写真で見る現地の景観は作品の印象と響き合います。ゴッホはこの秩序だった庭の姿に惹かれ、しつこいほど観察して、絵と素描に繰り返し残しています。

円い泉が画面のリズムを止めてくれるね
そう、回廊の直線と庭の放射線、その“間”に呼吸が宿るんだ

事件後の制作再開——4月に許された“外に出て描くこと”
1888年末の“耳の事件”を経て、ゴッホは年明けに再び病院に身を寄せます。療養ののち制作が許され、4月には中庭での写生を本格的に再開。病棟のバルコニーや庭の端から見下ろす視点で、何点も連作しました。規則正しい小径や回廊のリズムを頼りに、乱れがちな心を画面に整える——そんな切実さが、この風景の隅々まで沁みています。

描く許可が出た瞬間、外の空気を飲み干したんだろうな
うん。絵の中で陽だまりを増やすこと、それが回復への合図だった

色と筆触——静けさのなかの明るさ
背景の壁や回廊はレモンイエローから黄土へと揺れ、樹皮にはコバルトやターコイズが差されます。地面は短いストロークがびっしりと走り、白や薄桃の花が点々と湧くように置かれます。強いコントラストではなく、春の光を透かす中間色が主役です。うねる幹と斜めに落ちる長い影は、日の傾きと時間の流れを告げ、円形の泉は唯一の“静”として画面を支えます。構図の几帳面さと、タッチの生命感——二つの力が同居するのが本作の魅力です。

派手じゃないのに、目が離せないね
色を叫ばせず、呼吸させる。南仏の春はそれで十分なんだ

手紙と関連作が示す“繰り返し”の意志
この庭をテーマにした油彩や素描は複数残り、弟テオへ近況を報せる手紙にも中庭の印象が度々記されています。視点を変えたり、木々の量感を簡潔化したりしながら、同じ主題を重ねるやり方は、アルル期のゴッホらしさそのもの。目の前の現実を脚色せず、観察の反復で“確信のかたち”へ運ぶ。その過程が、春の花壇の増殖ぶりと重なって見えます。

同じ場所を何度も描くって、執念だよね
執念っていうより祈りかな。毎回、少しずつ救われていくんだ

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まとめ——秩序に支えられた、やさしい回復の風景
《アルルの病院の中庭》は、事件の爪痕を抱えた画家が、庭園の秩序と春の光に身を委ねて制作を立て直した証しです。華やかさより誠実さ、劇性より継続。アーチ、泉、小径、影という“構造の骨”の上に、花の気配と筆触の脈が穏やかに脈打っています。ここから数週間後、ゴッホはサン=レミの療養院へ移ることになりますが、再起の第一声はこの中庭で確かに鳴っていました。

静かな一枚なのに、物語がぎゅっと詰まってる
うん。声を荒げなくても、絵はちゃんと強くなれるんだよ

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