ゴッホがオーヴェール=シュル=オワーズに滞在した最後の夏、宿屋〈ラヴー亭〉の長女アデリーヌをモデルに描いた小さな名品があります。
黒い背景と青緑の衣服。横顔だけで語られる思春期の気配。右手に置かれた白い花が、沈黙の場面にかすかな息遣いを与えます。
短い滞在のあいだに地元の人々を数多く描いたゴッホが、もっとも近しい家の少女に託したまなざしを、色と筆触から丁寧にたどります。
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黒背景×水色の服、めっちゃ映えるね
光を増やさず、色で光らせるってやつだな
《アデリーヌの肖像》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

タイトル:アデリーヌの肖像(Portrait of Adeline Ravoux)
制作年/場所:1890年6月頃、オーヴェール=シュル=オワーズ
技法/素材:油彩・カンヴァス
所蔵:クリーブランド美術館(Cleveland Museum of Art)
モデル:宿屋〈ラヴー亭(Ravoux Inn)〉の長女アデリーヌ・ラヴー、当時およそ13歳
モデルは宿屋の娘さんか。距離感が近いからこその表情だね
毎日顔を合わせる相手だから、一気に描けたはず
<同年代に描かれた作品まとめ>
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オーヴェールの最終章で出会った“身近なモデル”
パリ北西の村オーヴェールに移ってからのゴッホは、医師ガシェや宿屋の人々、畑仕事をする住民など、身近なモデルを連日描きました。アデリーヌは滞在先の家族で、画家にとって日々の暮らしと制作をつなぐ存在です。彼女の横顔を選んだのは、正面の“肖像”よりも、沈黙や内気さ、瞬間の気分を素早くつかみ取れるからでした。
横顔って、距離を取りつつ近い感じがする
視線が外を向くと、物語が観る人の中で動き出すんだ
黒の舞台、青緑の衣——配色でつくるコントラスト
画面の大半を支配するのは黒に近い暗色で、背景の情報は徹底的に省かれています。そこへ青緑系の衣服と髪の黄色いハイライトが強く響き、人物の輪郭線は黒に溶け込む手前でせり上がります。顔の肌色にはピンクや黄土が薄く重なり、頬や額には斜めのタッチが集中します。光源は限定されますが、厚く盛り上がる絵具が反射し、暗闇の中で色そのものが発光して見えます。
影の中で色が光るの、ゴッホっぽさ全開
黒で沈めて、補色で起こす。舞台照明みたいだろ
右端の白い花——沈黙に差し込む“音”
画面右手には白い花が二輪、葉の群れとともに置かれます。バラを思わせる丸い花弁は、硬い輪郭線と厚塗りのハイライトでわずかに浮いています。人物の視線は花に向かわず、少し遠くを見据えていますが、白のアクセントが場面の空気を柔らげ、少女の横顔に寄り添う“呼吸”のように働きます。オーヴェールの初夏に咲く庭の花を、記号のように配した可能性が高く、黒の平面に置かれた小さな白が、静けさの中に音を与えています。
花が話し相手みたいに見える
セリフを描かずに、相手役を置いたってわけさ
筆触の速度と厚み——短時間で決める描写
本作は筆触が太く、方向が大胆に切り替わるのが特徴です。髪には黄色と薄緑のストロークが重なり、襟元や胸元は青緑の絵具がうねるように盛り上がります。背景には縦横のスクエアなタッチが見え、黒の単調さを避けつつ人物を押し出す役目を担います。モデルを長時間拘束しないため、構図と色を事前に決め、短いセッションで一気に仕上げていることがうかがえます。
速さがそのままリズムになってるね
迷わず置く。ためらいが画面の勢いを削ぐからな
少女像の距離感——匿名性と個別性のあいだ
アデリーヌは村の“固有名”ですが、画面では一般化された“少女像”としても読み取れます。目鼻立ちの記述は抑えめで、髪と衣服の色面、横顔の角度で性格を語らせる設計です。匿名性を保ちながら、その時間、その部屋、その空気を持つ“個別の瞬間”として結晶していることが、オーヴェール期の肖像に通底する魅力と言えるでしょう。
名前を知らなくても伝わるけど、知るともっと刺さる
普遍と具体、その交点に肖像の生命が宿るんだ
おすすめ書籍
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まとめ――黒の静寂に、色で灯されたまなざし
《アデリーヌの肖像》は、情報量を削いだ黒の舞台に、青緑と黄の色面をぶつけて人物を立ち上げた、オーヴェール最晩年の凝縮です。身近なモデルを素早く捉える観察力、短時間で決める筆致、色そのものを光に変える配色。ゴッホが到達した“少ない要素で強く語る”肖像の方法が、静かな横顔からはっきりと読み取れます。
静かだけど、ずっと見てると胸が熱くなるね
抑えた画面ほど、色と線の説得力が試されるんだよ
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