サン=レミの療養院に入院していた1889年、ゴッホは自室とは別に与えられた小さなアトリエの“窓”を描きました。
アーチを描く古い窓枠、石膏のように鈍く光る壁、窓辺に置かれた瓶やコップ。外には庭木の緑がわずかにのぞき、室内の静けさと外気の明るさが一点で交差します。
絵具のストロークは穏やかで、しかし輪郭線は芯が強い。療養という制約の中で、制作へ向かう意思を確かめるための絵だったことが伝わってきます。
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窓描いてるのに、風が通る音まで聞こえそうやな
せやな。ここが外と絵の世界をつなぐ“玄関”やって、言うてるみたいや

《病室のフィンセントの画室の窓》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

制作年:1889年
制作地:サン=レミ・ド・プロヴァンス(サン=ポール=ド=モーゾール療養院)
技法:紙に混合技法(チョーク/水彩/油彩などが併用された作品)
サイズ:約62×47.6cm
所蔵:ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム、ヴィンセント・ファン・ゴッホ財団)

道具いろいろ使ってるんや。紙の上でも筆がよう走っとる
素材ミックスやけど、狙いは一つ。窓ぎわの“光の設計図”やで

<同年代に描かれた作品まとめ>
ゴッホのサン=レミ時代の作品まとめ!療養院の窓辺から生まれた物語
サン=レミの生活と“もう一つの部屋”
療養院に入って間もなく、ゴッホは寝起きする病室とは別に、制作のための部屋を与えられました。窓は厚い壁に穿たれた半円アーチで、修道院由来の建築らしい堅牢さがあります。
当初は外出が限られていたため、彼が見つめ続けたのは、この窓越しに広がる中庭の景色でした。細長い樹木や垣、季節の緑が、鉛筆と絵具の線に分解され、室内の静かな色調へと溶け込みます。窓辺に並ぶ瓶やカップは、絵具や溶剤の容器でもあり、作業のリズムを示す“小さな静物”でもありました。

窓の外は遠いのに、手前の瓶で“いま描いてる”って分かるな
外界と制作、両方の時間が一枚に重なってるんやで

画面構成――アーチ、縦桟、窓辺の静物
構図はアーチの輪郭が大きな弧を描き、窓の縦桟・横桟がリズミカルな格子を作っています。壁の黄土色は温かいのに鈍く、屋内の閉塞感を控えめに示し、窓内の寒色(青や緑)が新鮮な空気の入り口であることを際立たせます。
瓶やコップは、わずかなハイライトで立ち上がり、窓台の厚みを感じさせます。輪郭線は日本版画を思わせる強さで引かれ、筆致は短く、途切れず、光の往復を可視化しています。

線がビシッとしてるから、光の通り道が見えるわ
窓は“形”より“通るもの”。線は風と光のルート案内や

色彩と筆触――“静かな黄の部屋”と“涼しい外気”
室内は黄土色と淡い黄緑にまとめられ、視覚的な温度は高めです。一方で、窓の内側には青緑や白が差し込み、温度を下げる役目を果たしています。
筆触は壁面で広く、窓周りでは細く敏感になり、外の葉群では点線に近い短いタッチへ切り替わります。ひとつの絵の中でストロークが三段階に変奏し、屋内→窓→屋外という意識の移動を自然に体験させます。

同じ黄色でも、部屋の黄は“静”、外の黄は“息継ぎ”って感じやな
そうそう。色温度で呼吸の深さまで描けるんや

なぜ“窓”だったのか
療養生活は不安定さと回復の波を伴います。外出が難しい日にも、窓は変わらずそこにあり、時間の移ろいを確かめさせる装置でした。
この作品は風景画でも静物画でもなく、制作の条件そのものを描いた記録といえます。画家にとって窓は、世界と絵との境界であり、同時に再出発の合図でした。光が射すたびに、彼はもう一度描けると確信したはずです。

風景描かんでも、ちゃんと外とつながっとるんやね
窓を描くって、次の一歩を描くことや。静かやけど強いねん

同時期の連作との関係


同年には病院の回廊や庭、糸杉、オリーブ畑など、サン=レミの敷地とその周辺が繰り返し描かれました。どの作品にも共通するのは、視界の入口を強く設定することです。回廊では連なるアーチ、庭では並木の列、本作ではアーチ窓がその役割を担い、視線を前へ前へと導きます。
“開口部”を描くことは、空間だけでなく心の行き先を決めること。ゴッホは窓を通して、静けさと創作の律動を同居させました。

入口モチーフ、たしかに多いな。道案内してくれてる
迷ってもええ。でも出口と入口は、ちゃんと絵の中に置いとくんや

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まとめ
《病室のフィンセントの画室の窓》は、療養院での制約下にあっても制作へ向かう回路を自ら確かめた作品です。
アーチの窓、黄土色の壁、窓辺の小さな瓶――その静物的要素が“光の出入口”として機能し、室内と外界、不安と希望を一枚に結びつけています。
サン=レミ期の代表的風景へ進む前段として、この“窓”がひらいた感覚を押さえておくと、同年の回廊や庭の絵がより一層腑に落ちます。

静かな画面なのに、前向きな力が残るんよな
せや。小さな窓からでも、描く意志は外へ広がっていくで

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