サン=レミ滞在の終盤、フィンセント・ファン・ゴッホは一枚の版画を出発点に、強烈な孤絶を油彩で描き換えました。
《刑務所の中庭(ドレによる)》は、積み重なる煉瓦の壁と、輪になって歩かされる囚人たちの列だけで画面が満たされます。わずかな天窓から落ちる冷たい光は、逃げ場のない現実と、なお生きようとする人の気配を同時に照らします。ゴッホが見たものは「絶望」だけではありません。足取りのうねりや色の呼吸のなかに、彼は人間の尊厳を置こうとしました。
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この絵、見てると胸がざわつく…
でもさ、ここにいる全員が“動いてる”。止まってないってことが大事なんだよ

《刑務所の中庭(ギュスターヴ・ドレによる)》
まずは簡単に作品の情報を紹介します。

作品名:刑務所の中庭(ドレによる)
制作年/場所:1890年、サン=レミ
技法・素材:油彩/カンヴァス
サイズ:約80×64cm前後
参照元:ギュスターヴ・ドレの版画を下敷きにした油彩の再解釈
所蔵:プーシキン美術館(モスクワ)

データで見ると淡々としてるけど、内容はエグいほど濃いな
数字は入口や。ここから“色とリズム”の物語に潜っていこうぜ

<同年代に描かれた作品まとめ>
ゴッホのサン=レミ時代の作品まとめ!療養院の窓辺から生まれた物語
サン=レミでの再解釈:版画から油彩へ
ゴッホは入院中、手元のイメージを油彩に置き換える制作を意欲的に試みていました。本作もその一連の中の一点で、ドレのモノクロ版画の厳しい情景を、色彩と筆触で別種の体験へと翻訳しています。
渦を巻くような短いタッチが床石や壁の目地まで脈動させ、均質な灰色に沈みがちな室内空間を、呼吸を持つ“場”へと変えているのが特徴です。中央の囚人の横顔には、しばしばゴッホ自身の面影が重ねられてきました。自画像で刻んできた顔の起伏が、ここでも静かに立ち上がります。

同じ構図でも、色が入ると別物になるんやな
うん。版画の“事実”に、絵の“体温”を足したって感じ

構図と空間:見上げる視点がつくる圧力
視点は地面すれすれに置かれ、四方を壁に囲われた窪地を仰ぎ見るように描かれています。壁は斜めに迫り、コーナーで跳ね返った光が床の石畳に冷たい帯を走らせます。上空の開口部は極端に小さく、空気は閉じ、音はこもる。
画面下半の円環運動(囚人の列)と、上半の垂直方向(聳える壁)が拮抗することで、逃れられない時間と歩かされる身体のリズムが一枚の中に固定されます。

出口が見えへん…でも足は前に出てる
そう、出口が見えないからこそ“一歩”が響くんだ

色彩のドラマ:寒色の海に差す人肌
壁面は緑・青・灰・黄土が小刻みに交差し、石の冷たさを保ちながらもどこか生き物の皮膚のように波打ちます。囚人の服は鉛色で統一される一方、頬や手のわずかな赤みが人間らしさを残します。
床には青紫の影が斜めに走り、列の円が大きく回るたびに色調が変わって見えます。単なる写実を超えて、色が「閉塞」と「持ちこたえる意志」の両方を演じているのです。

無表情な色やのに、妙にざわざわする
音のない騒音、ってやつ。色で鳴らしてるんだよ

テーマの芯:孤立と連帯の同居
人物たちは顔を伏せ、互いを見ないまま歩きます。しかし、円環の列は確かに“つながり”を生み、同じ速度を共有させる仕掛けにもなっています。孤立と連帯が同時に立ち上がる、この矛盾の中心に本作の切実さがあります。
また、ゴッホが病との共存の最中にも制作を止めず、絵を見る行為に救いを見出していたことを思うと、この円は自分を保つための歩調でもあったのだと感じられます。

誰も目を合わせへんけど、同じ輪のなかにおるんよな
そう。バラバラやけど、いっしょに回ってる。それが人間っぽいんだ

受容と現在地
本作は後年、ロシア・モスクワのプーシキン美術館に収蔵され、ゴッホの“転写から再創造へ”という取り組みを示す代表作として広く紹介されています。版画の構図に依りながら、色と筆致で精神の地形を描き換えた稀有な例として、今日も多くの鑑賞者を惹きつけています。

いつか現物を見に行きたいわ
壁の圧力、色の震え、空の狭さ――生で浴びると、もっと刺さるで

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まとめ:閉塞を色で呼吸させた、サン=レミ後期の核心作
《刑務所の中庭》は、版画の構図を借りつつも、色と筆触で精神の圧力を可視化した一枚です。見上げの視点と高い壁がつくる閉塞、床石を走る冷色の影、鉛色の群像に残された微かな体温――その全部が「孤立と連帯の同居」を語ります。輪になって歩く囚人たちは、絶望の象徴であると同時に、前へ進み続ける人間の歩調でもあります。ゴッホはここで、事実を超えて“生き延びる意志のリズム”を描き取りました。

出口は見えへんけど、足音はずっと鳴ってる
そこが希望や。静かなドラムロールみたいに、絵の中で鼓動してるんだ

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